2:アニマル



「現れた!」

 目の前にフヨフヨ浮いている、UFOに乗った頭だけの奇妙な奴は、ひとを馬鹿にした調子で喋る。それか、最初から口調がそんなだから、真面目腐ったセリフでもこんな聞こえ方をするだけなのかもしれない。あのいけ好かないガリ勉野郎みたいに。

 目の前に、大きな鏡がある。『あいつ』がまだ表にいる間は、俺はぼんやりとしか景色が見えないし、音もあまりよく聞き取れない。今は俺が表に出ているから、目の前にあるものが全てはっきり見えるし、音も普通に聞こえてくる。そして、目の前にある鏡には、俺が映っている。宇宙服なのは仕方ないが……。
 UFOに乗った奴――スピリットマンとか言っていたが――は、俺に言った。
「ひょひょひょ。お前は、一体何者だ?」
 何者かって? ずいぶん馬鹿げた質問をする奴だ。
「決まってるだろ、俺はアーネストだ。それ以外の誰でもねえよ」
「ひょひょひょ。そうか、アーネスト。では聞くが、その肉体は、誰のものだ?」
「誰のって――」
 俺は単に表に出ているだけ。それくらいはわかっているつもりだ。が、俺は、中にいるときでも、俺としての体はちゃんと持っている。だとすると、俺の本当の体はどっちになる?
 答えに困っていると、スピリットマンは、言った。
「ひょひょ。お前は、見るからにアニマル系だな、ひょ」
「アニマル系? なんだそりゃ」
「何でもかんでも力だけで解決しようとする連中のことだ、ひょひょ」
「俺がそんな風に見えるのか?」
「ひょひょひょ」
 その笑いが癪に障る。一発殴って黙らせようかと拳を固めたとき、
「ほれ、その手は何だ? わしを殴るつもりか? ならばお前はやはり、アニマル系だな。ひょひょひょひょ」
 からかうようなスピリットマンの言葉に、俺は思わず体を固くした。考えている事を見抜かれた。
「お前はアニマル系の人格。だが、お前のほかにもいるようだな、ひょひょひょひょひょ。感じるぞ、感じるぞ。そのほかの連中は、お前とはまた違うタイプのようだ」
「俺のほか? ああ、あいつらか?」
 俺の頭の中に、中にいるときは嫌でも顔をあわせるあの二人のツラが思い浮かぶ。いけ好かない、ボス面した猫背のガリ勉野郎。俺の目から見てもそれなりに美人なんだが、どっか自己中なオンナ。
 確かに、俺とは世界の違う連中だ。
「ひょひょ。この星に住んでいる連中は、三種類に分けられる。アニマル系、ビジュアル系、サイコ系の三つだ。わかるか?」
 スピリットマンは、ハエのように俺の周りを飛び回る。うざったい。
「お前は、そのうちの一つ、アニマル系だ。何でもかんでも力だけで解決しようとする連中がアニマル系だ。わかるな?」
「繰り返さなくてもわかるっつの! どっか行け、うっとうしい!」
 パンチを見舞うが、相手はふわっと高く浮いて回避した。
「ひょひょひょ」
 相変わらず、癪に障る笑いをするスピリットマン。
「お前は腕力だけが頼みの綱。だがな、アーネスト。お前一人では、生き残れないぞ。ひょひょ」
「生き残る? この星は戦争でもやってんのか?」
「そうではない。お前一人では解決できない問題がいくつもあるという事だ。もし、お前一人では解決できない問題が出てきた時、お前はどうするつもりだ?」
「どうするって……」

 俺一人で解決できない問題なんてあるのか?

「ひょひょひょ。お前はまだ、自分がどんな存在なのか、理解できていないようだな」
 スピリットマンは笑う。
「まあ、まずは、じっくりと自分を実感するがいい。そのうち、答えが出てくるはずだからな、ひょっ」
 そして、ゆっくりと消えた。
「お前が何者であるかは、お前自身が、一番よく知っているはずだからな、ひょっ」
 馬鹿馬鹿しい。俺が俺自身のことを一番よく知ってるのは当たり前の事だ。何故って、俺は俺以外の何者でもないからだ。
「俺は、アーネストだ。それ以外の誰でもないんだよ」
 だが、鏡に向かって放った俺の言葉は、なぜか、とてもむなしく聞こえた。
 なぜ、俺はスピリットマンの質問に、何も答えられなかったんだ?
 俺は俺の事を一番よく知っているはずじゃないのか?
 何も答えられない俺は、本当に知っているのか? 実際は、『何も』知らないのか?
 スピリットマンは言った、『何でもかんでも力だけで解決しようとする連中がアニマル系だ』と。そして、俺がそのアニマル系の人格だとも言っていた。本当にそうなのか?
 解らない。頭が痛くなっただけだ。俺は考え事なんかしたくない。考え事にふけってアタマ悩ますのはあいつの役目だ。俺じゃない。
 俺の役目は、妹を守ってやる事。危害を加える連中を腕ずくで排除してやる事。ただそれだけだ。

 だが、これだけはハッキリと言える。俺はアーネストだ。自分で自分の身を守れず、反抗すら出来なかった『あいつ』とは違うんだ!