3:ビジュアル
「顔よ、顔で審判を切り抜けるのよ! みんなそうしてるじゃない……!」
このコロニー唯一の整形屋・リャンハウス。
地球ではタブーとされている、人間の顔を作り出す、唯一の整形屋。
法律のないこの場所なら、何でもありなのだ。整形屋があっても誰もとがめない。
だからアタシは、ここに来た。
人間の顔を手に入れるために。
ぼんやり憶えてる、コスマスの顔。地球では見ることのできなかった、あまりにも美しい顔。エイプリルも美人だけれど、アタシは、それ以上に美人になりたい。キレイになりたいと考えるのは、誰だって同じ。それに、人間の顔さえ手に入れることが出来れば、皆の噂しあっている審判だって切り抜けることが出来るかもしれない。
でも、なぜ入る事ができないのだろう。
顔を作りたいと思って、ここに来た筈なのに、なぜか脚が止まっている。ドアを開けることも出来ない。
(何を迷ってるのよ。アタシがここへ来た目的は、たった一つしかないじゃないの)
それでも、なぜか入れない。
(何を怖がってるのよ。痛くないって、聞いてたじゃないの。ただ顔に布をかぶせるだけだって。それさえ済めば、人間の顔になれるんだから、余計な事なんかされないんだから、何を怖気づいてんの)
「ひょひょひょ」
奇妙な笑い声とともに、近くに姿を現したスピリットマン。
「ヨランダ、何をしておる」
「何って――」
スピリットマンの問いに口ごもってしまうアタシ。スピリットマンはからかうようにアタシの周りを飛ぶ。
「ひょひょひょ。お前の欲が、お前を滅ぼすぞ。わかっておるのかね」
「欲って何よ」
「わかっているだろうに、わかっているだろうに。ひょひょっ」
相変わらず、その気味の悪い笑い声を上げている。アタシはうっとうしくなり、振り向いた。
「あのねえ! あなたには関係ないわよ! アタシがこれから何をしようかなんて――」
「そうか。関係ないか」
スピリットマンは遮った。
「ではヨランダ、なぜそうしない?」
「え?」
「お前には目的があるのだろう? では、ためらわずにそうすればいいではないか。何をためらっておる。ひょっ」
スピリットマンは、リャンハウスの入り口と、アタシとを見比べる。
「それとも――」
スピリットマンは、素早くアタシとの距離をつめた。目鼻がくっつきそうなほどにまで近づいてきて、ささやくように言う。
「お前は、本当は不安なのではないのかね? 整形して人間の顔を得たとしても、審判を切り抜けることが出来ないのではないかと――」
「うるさいわね! あっち行ってちょうだい!」
思わず怒鳴っていたが、スピリットマンは臆した様子も無く、さっと離れた。が、着かず離れずの距離で、アタシを見る。そして、またあの笑い声を出す。
「ひょひょっ。偽の顔など得て何が変わる? お前は所詮『お前』でしかない。偽の顔を得たところで何もお前に残るものなどないのだぞ、ひょひょひょっ!」
煙のようにスーと消失していった。
アタシは一人、そこに残された。
「何よそれ。アタシが所詮『アタシ』でしかないって。それじゃまるでアタシが――」
どんなに抗っても何も変われないみたいじゃないの。
スピリットマンが消えた後、アタシはしばらくその場に立ち尽くしていた。
目の前には、ドアのしまったリャンハウス。店主は留守なのかもしれない。アタシが店の前にいるのに、ドアを開けてくる気配も何もないのだから。
「入らなくちゃ……」
アタシの脚は、一歩も動かない。だから、手だけを伸ばしてみる。足が動かなくても、手なら動かせた。だがその手は、ドアに触れる寸前で止まってしまった。
小刻みに腕が震えている。
なぜか、胸のうちを不安がよぎる。
人間の顔を得て、よりキレイになることができれば、審判は切り抜けられるはず。
でも、人間の顔を得たアタシは――本当にアタシ自身でいられるのだろうか。
いや、変わるのは顔だけ。中身は何も変化しないはず。アタシは『アタシ』なんだから、変わることなんか、絶対にありえない。そして、どんどんキレイになっていっても、アタシはずっとアタシのまま。だって変わるのは顔だけだから。
あの二人、アタシが人間の顔になったら驚くかもしれないけど、別に構わない。アタシとあの二人とは、全然別の存在なんだから。
スピリットマンだって言っていたじゃないの、「お前は所詮、『お前』でしかない」って。あれは、アタシがどんな顔を手に入れようと、アタシであり続けるって言っているのに違いない。
アタシはアタシ、ヨランダなんだから。