5:プリズン4
プリズン4。
火星がまだ流刑地として使われていた頃の名残だ。かつては、ただの荒れ果てた赤茶けた岩石と砂だらけの、とうてい人の住むことのできないような星だったかもしれないが、目の前にしているこの巨大なドームは、火星の流刑者たちの子孫が暮らす住居。そして、このドームそれ自体が、未だに牢屋の役目を果たしている。
薄汚れ、使い古された設備。クリスマスの準備なのか、寿命の切れそうなライトで、発電塔が飾り付けされている。
――へー、人の住める場所だな。牢獄って言うから、もっと辛気臭いとこだと思ってたぜ。
――元は流刑地だからな。犯罪者の子孫達が、住みよいように少しずつ改良していったんだろう。これだけの設備をこの荒れた星で整えるには随分長くかかったろうな。火星での居住生活を支えてきた酸素石の坑道が今も残っていると聞くが、あればぜひ見てみたいものだな。
――あらあ。クリスマスの準備までしてあるじゃないの。地球の慣習がそのまま守られてるってカンジ。けど、こっちだってせっかくのクリスマスをこんな場所で過ごすの嫌よ。さっさと任務終わらせて、地球へ戻りたいわね。
――俺は退屈してんだよ。ちっとくらい楽しませろよ。
頭の中からいつもどおりに声が聞こえる。その声たちは、こちらに命令するときもあれば、ただボソボソと話をしているときもある。これはただの雑談だ。
帰納の丘で再会したエイプリルは何と言っていただろうか。ヘロデという人に会え、そう言っていた。
ヘロデという人が誰なのかは、会ったことがないのでわからないが、捜せば何とかなるかもしれない。
プリズン4の内部を歩く。
どこか雰囲気がピリピリしているように感じられるのは気のせいだろうか。楽しい気分にはとてもなれない。クリスマスを迎えるのに、こんなピリピリした空気があるなど、地球ではありえない。そして、こちらを見るその目は妙にとげとげしい。歓迎されていない事などすぐわかる。
かつてこの場所が流刑地であり、処刑場であった事を示す、住人の言う『電気椅子のチャーリー』の名残を見つけた。コロニーの中にこんな場所がまだあるとは。数多くの死刑囚を食ってきた電気椅子。見るだけでも、胸がむかついた。頭の中からも、嫌悪感を示す声が聞こえた。さっさと行こうぜ、気分が悪くなる。声はそう言っている。大人しく従った。
歩いているうち、何人かの住人の顔に違和感を覚える。あまりじろじろ見つめるのも気がひけるので、少し遠目で見る。
仰天した。犬の顔ではない。人間の顔だ。そして、この人間の顔を提供する整形屋がこのコロニーの中に存在する。地球ではタブーとされている人間の顔。この星では、人間の顔を得る事自体、タブーでも何でもないようだ。法律の無い火星ならば何でもありというわけらしい。
このコロニーの中には、オーラの気配を感じ取れる。あらゆる住人から、オーラが立ち上る。住人に近づくだけで、軽い頭痛を覚えた。ダミアヌスの『あんたは感応している』という言葉を思い出した。住人に近づくだけでなく、袋小路にもオーラは溜まっている。この星はどこへ行っても悪の塊だらけだ。あらゆる住人は、何かしらのオーラを立ち上げている。住人だけでなく、道や町の隅にもオーラの塊が落ちている。見るだけでわかる。この星にいるのは、悪人ばかりだ。
この星に、善人はいないのだろうか? こちらの常識の通じる人間はいないだろうか?
――期待するだけ無駄だよ。
頭の中で、声が響いた。いつもの声のひとつだ。
――この星では、地球の常識は何も通用しない。法も秩序も何も存在しないこの場所で、法律に則った地球の常識が通用するなどという考えは捨ててしまうことだな。
絶望的な言葉を、あまりにもあっさりと言ってのける声。いつもこんな調子の喋りだ。しかし声の言う通りなのだろう。取り締まる者が誰もいない流刑地の成れの果て。法も秩序も存在しない、巨大な牢獄の中に、密航者や流刑者の子孫が暮らす、悪意に満たされた場所。出会う住人全てが誰一人信用できないようなこの場所で、地球の常識が通じるような人間がいるはずもない。十年前にこの星へ来た隊も、同じ思いをしたのだろうか。……わからない。
このドームは文字通り、巨大な牢獄だ。
エイプリルはまだ来てくれない。
少しだけ、心細くなってきた……。