6:人格会議
「ちょっと話し合いたいんだ」
地下水道。スペーサーは、誰もいないはずの目の前の空間に向かって話しかけている。いや、誰もいないのではない。いるのだ。
自分のほかに存在する、二人の別の人格。彼らがそこにいるはずなのだ、彼の見ていない時に勝手に外へ出て行かない限り。
「どうなんだ、アーネスト、ヨランダ。私の声が聞こえているのか……?」
三人格は、主人格の意識の内部で会話している。
「この星は予想を超えてひどい事になっている。私は頭が混乱してきた……」
どこか疲れた声で、スペーサーは言った。彼は表に出ている状態だが、他の人格と話をする事もできる。もっとも、第三者の目から見れば、彼が独り言を喋っているようにしか見えないが。
さして興味のなさそうなヨランダの声。
「で、結局どうなわけ? リトルは消えちゃった? リバーだけ消えてリトルは残ったの?」
「リトルは罪の意識に押しつぶされそうだったのだ」
対して、司令塔の声はどこか暗い。
「リトルに残された良心のかけら、それがリバーだった。私はそう考える」
「どうでもいいけどね」
ヨランダの声は相変わらずドライだ。アーネストは何も喋らない。興味のない事には首を突っ込まないし、話の矛先を向けられても、面倒くさそうにしか返事をしない。
「ちょっと、そこの人! アーネスト! あんたは何を見てきたの?」
背中からヨランダの声。話をあまり聞いていなかったアーネストは、話の流れこそ理解していないが、『見た』ものについてだけ答える。
「ああ、燃えてたんだ!」
だが、見たものを言葉にしようとすると、急に冷や汗が流れる。気がついたときにはアイスレイクの中にいて、ゲートを無理やり押し上げて外に出てみれば、一面火の海だった。
「すごい勢いで燃えてたんだ! ああでも俺じゃない。火をつけたのは俺じゃないぜ! 俺が見たときはもう燃えてたんだ」
「呆れた。あんたまるで放火したことあるみたいな口ぶりね」
ヨランダの声は少し冷たい。彼女はそのまま話をスペーサーに向けたので、アーネストは少し安堵した。なぜそう喋ったのか、わからない。あの二人には聞かれたくない事まで喋ってしまったかもしれない。だが、ヨランダはそれ以上追求してこなかった。
アーネストが頭の中であれこれ考えているうち、話が飛ぶ。
「メディスンマンたちのいたロッジ……。さかさまになったタンキー人形。あの時、表に出ていたのは誰だ?」
スペーサーが呟く。
ヨランダとアーネストは同時に反応した。
否、と。
ロッジの出来事は覚えている。だが、断片としてしか残っていない。それはスペーサーも同じだ。彼とて二十四時間常に起きていられるわけではないし、外を見ずに考え事にふけることもある。
アーモンドの香り。シークレットパワー。ロックバース。肉体を超えた存在。黒い騎士。
そして、三人とも、ロッジでホワイトイーグルと話をしていたとき、誰一人として表に出ていなかった。
「……あの時、何が起こっていた? 我々の誰一人として外に出ていないはずなのに」
スペーサーの呟きに答えを出せるものは、この中にいない。
アーネストもヨランダも、ロッジで起こった出来事を、彼らなりに回想する。だが、思い浮かんでくるのは途切れ途切れの会話だけ。疲れて眠っていたせいもある。しかしながら、あの時違和感をおぼえていた事だけは、はっきりと覚えている。
いつもより更に景色がぼやけ、集中しなければ話を聞き取れないほど、音が聞きづらかった。
あの時一体何が起こっていたのか、彼らには分からなかった。
話し合いは、少し泥沼化してしまいそうな気配になってきた。
三人格の届かない深い闇の中。
その場所から、独り、三人格の会話を聞いている者がいた。
「……もう、外に出るのは嫌だ」
闇に飲み込まれそうなほど小さな声で、その者は呟いた。