8:サイコハウスの攻防



 思念の目が、こちらを捉えた。
 あの扉の前にいるはずの、人の頭ほどもある巨大な目玉は、サイコハウスの実験室のスペースアンプの上に置かれて、この部屋に入ってきた私を見ているようだった。
 機械は暴走している。すさまじい電波が機械から放出され、ヤングとマウンテンが両脇で感電しているのが一目でわかる。この二人が何をやらかしたかは私の関知するところではないが、このままほっておくわけにもいくまい。
 スペースアンプの電源を断てば、電波も止まるかもしれない。が、見たところ、その機械のどこにも、スイッチもレバーもない。一体どうなっているのだ、この機械は。
 近づいたらわかるかもしれないと思い、感電しないように注意して近づいてみる。思念の目の近くまで――
「!」
 突如、頭が割れそうなほどの頭痛が襲いかかった。同時に、脳内を何かが一気に通り抜けたようなおかしな感覚。
 大量の情報。いちいち咀嚼していては、私の脳が処理に追いつけず破裂しそうだ。それほど大量の情報が一気に脳の内部を通り抜けていく。それも立て続けに。
 そのうち思念の目が、一つの情報を立て続けに送り始めた。私の頭の中だけでなく、心の中にまで響き始める。
 言葉が浮かぶ。
「あ……深い……これは――」
 詩。
 最初に思念の目を見たときも、同じ事が起こった。思念の目は、私に、古い詩の一節を読ませた。だが今は違う。古い詩であることは違いないが、その詩は私の意志で読んでいるのではない。
 勝手に口が動いているのだ。
 古い詩の一節であることは憶えているが、何を言ったのか、憶えていない。
 スペースアンプから、強力な電波がほとばしり、マウンテンとヤングが強力な電波を浴びる。何やら呟いていた言葉は、私から見ても意味を成してない。このままこの電波を浴び続ければ、二人そろってどうなってしまうか……。
「ああ、とめなくては、とめなくてはならないのに――」
 なぜか体は動かない。目はそらせない。思念の目が、私の目を捉えて放さない。
 思念の目が再び、情報を立て続けに送ってくる。またしてもひどい頭痛に襲われる。頭を鋼鉄のハンマーで幾度も殴られているような気がする。
 心の中にも、情報が送られ、言葉としての形を成す。
 詩。
「……苦しい」
 自分の意志で言えたのはそれだけ。またしても、詩を勝手に読まされる。思念の目は私に何を望んでいるのだろうか。ただ詩を読ませたいだけなのか、それとも詩を読むことがヤングとマウンテンを助ける事につながるのか、それとも他に何か意図があるのか。
 またしても、思念の目が情報を送る。今度は気の遠くなるような激痛に伴い、自分の感覚も失われたような気がする。自分が立っているのか、座っているのか、倒れてしまったのかもわからないくらいだ。頭痛で、目を開けていられなくなってくる。
 感電しているマウンテンとヤングの声が遠い。スペースアンプからほとばしる電波で、私自身もやられてしまったのだろうか?
 もう気が変になりそうだ……。
 思念の目が、一つの情報を送る。
「駄目だ、もうこれ以上は……」
 だが、思念の目は許さない。思念の目は、全てを飲み込みそうなその目玉の奥から、私に向かって情報を再び送りつけてきた。
 心の内部で、その情報は形を取る。
 詩。
「あああ、私に読めと言うのか……?」
 自分で発した声だと気づくのに、時間がかかった。
 思念の目は、私を飲み込もうとしているのだろうか。
 わからない。

 詩を読んだ。

 頭痛が止まった。

 視界が白くなり、全身から力が抜ける。目を閉じる間際に見えたものは、あの摩訶不思議な空間の中で、思念の目が私を招き寄せる光景だった。ブリックロードのあの扉の向こうへ入った時と同じ事が、繰り返される。だがここはブリックロードではない。
 私は、どこへ行くのだろう?

 摩訶不思議な空間の中から、急に子供の笑い声が聞こえた。
 聞き覚えのある声。そして、その声のほうから、まばゆい光が放たれ、誰かが私の腕をつかんで、引っ張った。
「そうか、この声は――」
 目のくらみが治ってくるのと、目の前の景色が変わるのとは、ほぼ同時だった。
「やあ。僕の隠れ家へようこそ。あれ、ずいぶん疲れた顔してるね?」
 私の目の前にいる、先ほどの笑い声の主は、明るい声で私を迎えた。
 相手の言うとおり、私は消耗していたが、それでも相手に笑い返す気力だけは残っていた。
「……君だったか、コスマス」
 犬顔に戻ったコスマスは、無邪気な声で笑った。