12:クルーの軌跡



 フェニックス号は、火星の、忘却の海へ降り立った。
 初めて踏む、火星の土。一面の、赤茶色の世界。
 柔らかい砂が、踏むたびにサクサク音を立てては、わずかな風に舞う。
 ここはもう地球ではない。植物の姿など欠片も見当たらない。一面の赤茶けた岩と砂の、全くの異世界だ。そう考えると、少しずつドキドキしてきた。
 着陸予定地より離れてしまったようだが、それはそれでよかったと思う。こうして、本物の火星の土を踏めたのだから。
 クルーの皆も降りてきた。降りて間もなく砂嵐に襲われ、それを避けるために避難小屋まで向かう。

 避難小屋に到着したその時、クルーの皆の道は分かれた。

 ダミアヌスの誘導。記憶の谷。悪夢の世界。メルヘン村。
 そして、クルー達の、成れの果て。
 メルヘン村の道しるべとなったタトラー隊長。
 かつて記憶の谷の町長と名乗り、今では瓶につめられてロケットに安置されているヌーン機関士。
 時々側に戻ってきてホッとさせてくれるけれど、誰かに呼ばれているかのように、いつの間にかいなくなってしまい、最後は悪夢の中へ行ってしまったエイプリル。

 アガタから、話を聞いた。ヘロデが悪夢から戻ってこられなくなったこと、どうやら悪夢の中に、エイプリルがいるらしいこと。そして、
「この星は待ってるの、使者となったあなたを」

 砂漠のT字路へ向かう。
 悪夢の中へ行くために。
 砂をサクサク踏んで行くと、足跡が残るのが見える。コロニーから続いている足跡だ。
 足跡を振り返る。風のない空の下、赤茶色の砂地についている、できたての足跡。初めて火星の土をその時の足跡は、もう砂嵐でかき消されてしまっているだろう。
 振り返ると見える足跡だが、自分の前を見ても、あるのは道だけで、過去の自分の足跡はどこにもない。
 急にためらいが生じた。自分の行く方向に何があるのかわかっているつもりでも、入りたくない。けれど、エイプリルの元へ行くには、その場所に行くしかないのだろうか。避ける方法はないのだろうか。その場所に行ったら、自分がどうなってしまうのかわからないのだから……。

――行くしか、ないんだよ。

 苦々しい、いつもの声が聞こえてきた。
 何と言えばいいのか、どこか諦めが混じっているようにも聞こえてくる。いつもの威勢のよさが全く感じられなかった。
 中にいる『誰か』も、そこへ行きたくはないらしい。けれど、

――お願い、行って。
――行きたくはないが、仕方がない。我々にとっても、君にとってもだ。

 声は望んでいない。おそらくは自分も望んでいない。けれど、行くしかないのだ。
 悪夢の扉を開き、『内部』にいるエイプリルの元へと。
 それが、これから描く、自分の『軌跡』なのだから。