13:善人と悪人と 2
ねえ、ライカ。
私ね、あなたの前ではちょっと言えないことがあるの。
この火星には、三種類の悪人がいるって、聞いたよね。アニマル系、ビジュアル系、サイコ系。
ねえ、ライカ。
記憶の谷に入ったとき、あなたは確かに一緒にいた。でも、あの子・クロエと出逢った時、あなたはそこにいなかった。いたのは、あなたと同じオレンジの宇宙服を着た女の人。ヨランダ。彼女は自分をライカじゃないと否定していた。でも、私には直感的にわかったのよ、彼女は、『ライカ』だってことが。
ねえ、ライカ。
あなたは、何人いるの?
何度かあなたと別れては再会しているけれど、そのたびに、あなたはどこか違う顔を見せていた。どんな風に、と説明するのは難しいけれど、何となくいつもの貴方とは違うと感じたの。最初はそれを気のせいだと片付けていたけれど、あなたが鏡の前を通るとき、私の考えは確信に変わったわ。
あなたは気づいていなかったけれど、私は気がついた。
鏡に映っていたのは、あなたじゃない、別の人だった。
炎のように赤い髪の、屈強な体つきの男の人。深海のように青い髪の、猫背の男の人。そしてヨランダ。
あの人たちの姿を見ると、アガタから聞いた話を思い出すの。
この火星には、三種類の悪人がいるって。
たぶん、鏡に映っていた人たちも、この悪人に当てはまるんじゃないかしら。何故って、彼らを、普通の人じゃないように感じるから。
ヨランダは、たぶんビジュアル系ね。結構美人だったけれど、それでもまだ足りないって顔してるもの。
あの赤い髪の男の人は、たぶんアニマル系。見た感じは乱暴そうだけれど、真っ直ぐな目をしてる。
あの青い髪の男の人は、たぶんサイコ系だわ。頭は良さそうだったけれど、どこか人を見下したような印象を受ける冷たい雰囲気を持ってた。
地球では、彼らの姿を見たこともなかった。ううん、見ることは出来なかったのね。鏡の中にだけ姿を見せる彼らは、実体といえるものを持っていないのかもしれない。だから、あなたの中にいる。
ねえ、ライカ。
あなたの中には、三人の『悪人』がいる。
あなたは気づいていないかもしれないけれど、私の見たあの三人は、あなたの一部だと思うの。あなたの中にいて、あなたであることを否定する。ヨランダはあなたと彼女自身が同一の存在である事を否定した。たぶん他の二人も同じ事を言うでしょうね。でも、彼らはあなたなのよ。
あなたの中にいる、別の顔のあなたなのよ。
ねえ、ライカ。
あなたは、あの三人と同じ、『悪人』なの? それとも……。