空き地



 都会に住んでいるポケモンたちは、都会の裏路地にある空き地で遊んでいる。古いタイヤを積み重ね、ゴミ捨て場にいくつか捨てられた伸びハンガーと洗濯用の紐で簡易ゴンドラを作り、アスレチックとして遊んでいるのである。また、タイヤを積んだアスレチックは、野良ポケモンの格好の寝床となっている。夜が来ればアスレチックで雨風をしのげるし、暑い夏は直射日光を避けるための日よけにもなるのである。

 都会の雨の日。水ポケモン以外は大抵、空き地のアスレチックや公園の遊具で雨宿りしていた。飼われているポケモンはモンスターボールの中や家の中で過ごしている。
 空き地で雨宿りするポケモンたちは、ドラム缶や古タイヤの中でうとうとしていた。
 ぱしゃぱしゃと水を跳ね上げる音がして、空き地に姿を現したのは、ニョロモ。
「ねえ、聞いた聞いた?」
 その声で、空き地のポケモンたちは一斉にニョロモを見る。
「何を聞いたの」
 聞いたのはガーディである。ニョロモは平たい尻尾を何度も水溜りに打ちつけながら、息せき切って言った。
「空き地が、ゴミ捨て場になっちゃうんだって!」

 空き地を住処にしているポケモンたちは、ニョロモの言ったことを確かめるべく、夜遅くに、この空き地の近くにある小さな会社の倉庫へと集まった。ここで、空き地をゴミ捨て場にする相談が行われていたという。
 鍵が閉まっているので、ラルトスが念力で外す。そして、ポケモンたちは倉庫の中から会社の中へと入り込んだ。もちろん、足跡が残らないように、玄関マットでちゃんと足を拭いて。
 会社の中は暗かったが、電気をつけると明るくなった。
「馬鹿っ、電気つけたら気づかれるだろ! 消せ消せ!」
 誰かの一声で、明るくなった室内は暗くなった。ブラインドが下りているので、この向きを変えると、街灯の光が差し込んだ。少しは明るくなった室内で、ポケモンたちは探し物を始めた。
 もし空き地をゴミ捨て場にする相談が行われていたとしたら、書面による契約などが残されているはずである。人間という生き物は、口だけでは約束を実現できるとは限らないので、書面によって残すことで約束を忘れないようにするのである。
「あっ、これかな」
 ポチエナが、あるデスクの上から書類を一枚落とす。ポケモンたちは一斉にその紙を覗き込んだ。行数は少ないが、それを解読するのに数十分かかった。字が読めないわけではないが、難しい文字は苦手である。
「間違いないよ。空き地をゴミ捨て場にするために埋め立てるって書いてあるもん」
 最初に解読の成功したのはジグザグマである。小学校の近くにあるねぐらに住んでいるため、人間の授業の様子をのぞき見ることもしばしばある。そのため、ほかのポケモンに比べ識字力は高い。
「で、いつ埋め立てるって?」
「ええとね、来週の土曜日だって」
「来週の土曜って、ちょうど一週間後じゃんか」
 ポケモンたちはざわめいた。
「どうやって止める?」
「この書類を破いちゃえばいいよ。だってこれがないと人間は何も出来ないでしょ」
「でも人間はすぐに紙を作っちゃうよ。だから、いくら破っても無駄さ」
「じゃあどうするの」
 ポケモンたちは一斉に考え始めた。

 一週間後。
 空き地が埋め立てられる日。
 空き地のポケモンたちは、日の出前から起きていた。これから人間達がやってくるはずである。それがどんなに晩い時刻であろうと、ポケモンたちは迎え撃つつもりでいた。自分たちの住みかを守るために。
 この日は朝から雨が降っていた。だがポケモンたちは、気にもせず、雨の中、立っていた。
 時間がどんどん過ぎていく。昼になり、夕方になり、やがて日没を迎えた。その頃には雨も止み、沈み行く夕日が、濡れたポケモンたちを暖かく照らしていた。
「……なかなか、来ないね。おなかすいちゃった」
 ポチエナが尻尾を振って、固まった体を少しほぐす。ぶるっと体をふって雨を振り落とし、ブルーは小さな牙を剥く。
「まださ。きっと夜に来るつもりなんだ!」
 日没が過ぎ、街灯の光が辺りを照らす。なかなかこない人間達に、ポケモンたちがいい加減しびれを切らしたころ、巣へ帰るポッポが空き地へやってきた。
「どうしたの? みんな固まって……」
「この空き地が埋め立てられるって言うから、ここで人間達を待ってるんだよ!」
 空腹による苛立ちで、声の荒くなるポチエナ。ポッポは丸い目をくりっと動かし、首をかしげる。
「何を言ってるの。埋め立てが開始されたのは、あっちの町内の廃屋だよ? ほら、あの小さな庭のついているところ。知ってるでしょ、あそこ、元は小さな池を埋め立てて作った場所」
 ポッポの言葉に、皆、口をあんぐりと開けた。ポッポはそれに構わず、じゃあねと言って、飛んでいってしまった。
 あとに残されたポケモンたちは、しばらく固まっていた。
「空き地って、あっちの空き地のことだったの……」
 当然、ニョロモが責められた事は言うまでもない。空き地は空き地でも、空き地間違いだったのだから。

 町のポケモンたちが暮らす空き地。そこは町の自治会によって野良ポケモンの住みかとして設定されているところであった。したがって、住人からよほどの苦情がない限り、空き地が潰されることなどない。
 都会のポケモンたちは今日も、空き地を住処に、毎日を楽しく遊んで暮らしているのである。