秋の訪れを告げる雨



「ああもう、こんなに雨がひどく降るなんて」
 ブースターは巣穴でブツブツこぼす。秋の訪れを告げる、大雨。夏の暑さが一気に冷やされ、涼しい日が続いている。だが炎ポケモンのブースターには、最悪の日々なのだ。
「おじいちゃんたちのお話につきあわされるのは面倒くさいけど、南下しないとマトモに冬を越せないんだよなあ」
 巣穴に風が吹きこんできて、雨が巣穴に入る。ブースターは、巣穴の奥へ逃げ込んでから、雨がこれ以上入らないようにと、入り口付近に土を盛って臨時のバリケードを作る。
「とんでもない強風だよなあ。今回の大雨。巣穴が水浸しになるのと、雨がやむのと、どっちが早いかなあ。僕としては後者だけど」
 ブースターはさらにぶつくさつぶやいた。
「今年もヤキイモを食べたら、さっさと南下しよう」
 大粒の雨が、ザーザーと降り注いでいく。
「今年のヤキイモ、どのくらい食べられるかな」
 ヤキイモのことを考えているうちに、いつのまにかブースターは寝てしまっていた。はっと顔を上げると、雨の降る音がまだ聞こえてきている。
「んもう、まだ降ってんの。早く止んでくれないかなあ」
 雨の最長記録は、ブースターの記憶している限りでは四日間という長さ。そのころには当然渓谷が水浸しになっており、ブースターは巣穴から出ることすらできなくなっていたのだった。
「またあれくらい水浸しになるのだけは、勘弁してほしいなあ」
 バリケードを崩す。雨を吸い込んで湿っているが、泥水に変わってはいないのが唯一の救いだ。雨は小雨に変わっており、しとしと降っている程度。だが、地面は水浸し。
「これじゃ歩けないよ……」
 ブースターはまた巣穴の奥で丸くなった。もうひと眠りすれば、雨は止んでくれるかも。そう思いながらも、目を閉じた。

 池の中で、オタマロの群れがはねている。その池の傍を通るのは、末っ子ピチューだ。
「雨の散歩っていいものでチュね」
 しかも散歩と言いながら、傘がわりの大きな葉っぱを持っていない。それというのも、先ほどの強風で傘がわりの大きな葉っぱを吹き飛ばされてしまったからだ。末っ子ピチューは弱い雨に打たれながら、鼻歌を歌って散歩している。
「でもやっぱり、雨は早く止んでほしいでチュ。雨の中で遊ぶと風邪ひくし――はくしょんっ」
 言った傍から、もう風邪をひいている。
「早く帰るでチュ」
 末っ子ピチューは帰宅するべく急いで駆けだしたが、柔らかくなった土に足をとられてしまい、派手に水たまりの中へと顔から突っ込んでしまった。泥水が派手にはねあがり、ピチューは泥まみれになってしまった。
「うわーん、泥だらけでチューッ!」
 その時、大粒の雨が勢い良く降り注いできた。雨はあっという間にピチューの泥を洗い落としてくれた。
「助かったでチュ! さ、かえろ」
 ピチューは自分がずぶぬれなのを気にも留めないで、スキップしながら巣穴へ向かっていった。
 もちろん、ずぶぬれになって帰ったのだから、こっぴどく叱られたけれど……。

「そろそろ止むころだと思うんだけどなあ」
 ミュウは、自分の巣穴から顔を出す。子ミュウもつられて顔を出す。小雨は霧雨に変わっている。顔を突き出すだけで、顔が濡れてしまう。
「ぷはあ」
 子ミュウは顔を引っ込めて、霧雨にあたって濡れた顔を葉っぱでぬぐった。
「ちべたーい」
「秋の雨だもんねえ。もう冷たいよ」
 ミュウは顔を引っ込めた。自分の顔を撫でると、冷たい霧雨が手をぬらす感触が伝わってきた。
「もう秋なんだねえ。こないだまでのうだるような暑さが、嘘みたいだ……」
「ねー、ヤキイモは?!」
「ヤキイモにはまだ早いよ。もうちょっと先。雨がやんで、お月さまが真ん丸になったら、畑に行ってサツマイモを見てこようか?」
「うん、行く!」
 子ミュウは嬉しそうに巣穴を飛び回った。

 夜の訪れと同時に、外は、大雨が降り注ぎ始めた。霧雨は、あっというまに土砂降りに変わったのだ。
 ……。
「あーあ、また振り出しちゃったよ」
 ブースターは、ふくれっつら。
「早く止んでよお。巣穴がだんだんしけっぽくなってきた……」
 雨は無慈悲にも、どんどん降り注いでくる。
「またあの時みたいに洪水になったら嫌だなあ」
 ブースターはぶつぶつ呟いた。
 ……。
「また降ってきたでチュ」
 末っ子ピチューは、よく揉んだ、温かな藁の中に寝転がっている。巣穴の外から聞こえてくる土砂降りの雨の音を聞きながら、モモンの実の干したのを一つつまんだ。
「あ、ハナが――」
 葉っぱで洟をかむ。
「はくしょっ。早く風邪が治ってほしいでチュ。それに、雨も止んでほしいでチュ。そしたら遊びに行けるのになあ」
 ……。
「また降ってきちゃったね」
 子ミュウは残念そうだ。幼子なのだから外で思い切り遊ぶのが大好きな年頃なのだから、仕方がない。
「大丈夫だよ、もうそろそろ、止むころだ。この本降りが終わったら、あとはカラリと晴れるから、心配無い」
 ミュウは笑顔になった。そう、ミュウは知っているのだ。
 この土砂降りこそが、ポケモン渓谷に秋の到来を告げるのだということを。
「さ、もう寝よう。明日の朝になったら、きっと晴れているよ」
「はーい」

 大雨の一日は終わる。夜の間に雲は晴れていき、雨はやんだ。そして、ポケモン渓谷に秋が訪れた事を、メガヤンマとヤンヤンマの群れが告げながら飛びまわりはじめたのだった。