秋雨の前に



 今年もやってきた、ヤキイモの季節。ポケモン渓谷では、早くもサツマイモの畑をほじくりかえしている。ネイティが畑の周りで謎の踊りを踊ったせいか、今年のサツマイモの収穫量は昨年の倍もあった。
「今年はいっぱい食べられそうだねー」
 両腕いっぱいのサツマイモをかかえて歩きながら、ライチュウはうきうきしている。大きなサツマイモの山が腕の中でコロコロと音を立てている。彼らの前を、サーナイトがうきうき歩いて行くが、念力でサツマイモの山をぷかぷか浮かべている。両手ではとても持ちきれないのだから、宙に浮かべて運んでいる。
「それはいいけど、去年みたいに食べすぎでおなかをこわす、なんてことにはなるなよな」
「わかってるよ」
 くぎを刺したリザードの言葉に、ライチュウは尻尾を不機嫌に振った。
「あと何往復すればいいかな?」
「十回じゃない? 大豊作なんだしよ」
「十回か。面倒だね」
「文句あるならネイティに言えよ」
 サツマイモ畑には、ほりだしたばかりのサツマイモが巨大な山を作っていた。サンドが、種イモをえりわけて、せっせと掘り出している。残りは冬眠の際の食料となる予定。とはいえ、冬眠まで残ったためしなど一度もないのだけれど……。
 サツマイモを焼くにはたくさんの落ち葉と石が必要。開けたところに作られているサツマイモ畑にはそれらがないので、イモを運んでいく必要がある。
「往復は面倒だなあ。そのぶんおなかがすいてイイかもしれないけど」
 サツマイモ畑から少し離れた林の方へ、歩いて行った。
「おーーい、サツマイモ、まだいっぱいあるぞー!」
 ライチュウたちがサツマイモをいったん下ろして山を作ったところで、後ろからワンリキーが彼ら以上の大きなサツマイモの荷物を抱えて、うきうきと歩いてきていた。
「ホントに今年は大豊作だね。嬉しいけど、運ぶのは面倒」
「そのぶんハラが減るからいいじゃん」
 ワンリキーがサツマイモの荷物を下ろすと、辺りのサツマイモが、新しく落ちてきたサツマイモに押されてゴロゴロと転がってしまった。
「それにしても、こんなにでっかいイモ見たことねーや」
 リザードはサツマイモをひとつとって、上から下まで眺めた。土だらけのサツマイモは、去年収穫したものより、ひとまわり大きい。持ってきたサツマイモ全部が、その大きさだ。

 サツマイモが大豊作なので、秋のおやつタイムには去年よりももっとたくさんのポケモンたちがヤキイモを食べに来た。たくさんのサツマイモを一度に焼くために、いくつかにわけて別々の場所に埋め、埋めたその上に石を置く。さらに、上からたくさんの落ち葉をかぶせて火をつけた。
 後は、焼けるのを待つだけ。
「とはいっても」
 ポケモンたちは空を見上げた。曇り続きのここ数日だが、やっと今日は晴れてくれた。ネイティオの天気予報によると、もうじき秋雨になるという。今日をヤキイモの日に選んだのは、秋雨でサツマイモが湿気る前にヤキイモを食べておきたかったから。だから朝早くから起きてサツマイモを掘り起こしたのだ。
「今年は雨が多いよね、ホントに」
 燃える落ち葉を素手でかきまわしながら、ブースターは尻尾をブルブル小刻みに動かした。寒がっている証拠。
「ヤキイモ食べたら今度こそ南下するからねっ」
 今年こそブースターの越冬が成功するようにと、誰もがこの場で思った。毎年、行こうとしているのに、怪我や事故で阻まれてしまっているからだ。
 火が下火になって、熱くなった石が熱を発し続ける。しばらく経つと、サツマイモが焼けているいい香りが辺りに漂い始めた。よだれを垂らすゴンベ。だが、まだ、掘り出すには早い。
「むぐうう、早く焼けろー」
 腹の鳴る音が、辺りに響いた。同時に、空が少しずつ厚い雲に覆われてきた。しけった風が吹きつけてくる。もうじき雨が降ってしまうだろう。
 早く焼けてほしいと思いながら、雲がどこかへ行ってしまえばいいのにと別のことを考えるポケモンたち。雨が降ってこようものなら、生焼けだろうが構わず掘り出して持ち帰るつもりだ。
 そのうち、サツマイモが焼けたとわかるにおいが、石の下から漂ってきた。もう待ちきれなくなったゴンベは、石の脇を掘ってサツマイモを取り出し、かぶりついた。
「うんめー!」
 サツマイモは焼けていた。ゴンベのかぶりつきに触発された皆は、ブースターやブビィにヤキイモを掘り出してもらい、秋のおやつを食べ始めた。
「ところでさー」
 ミュウが、二つ目のヤキイモをほおばりながら、言った。
「今年のヤキイモ、量も多いけど、イモ自体大きくない?」
「そりゃあ、ネイティが儀式をやったせいじゃない? いつもはこの半分くらいしかないもの」
 ラルトスはそこまで喋って喉にイモをつまらせた。

 満腹するまでヤキイモを食べ終わったが、それでもまだヤキイモは残っている。皆、めいめいヤキイモを持ち帰ることにした。寒い風に対して、熱いヤキイモはちょうどいいカイロ。ただ、力を入れているとツブレてしまうのだが……。
「今年こそ、南下できるといいよね、ブースター。毎年寒がってるんだしさ」
 ライチュウは、小さめのヤキイモをほおばりながら、隣を歩くワンリキーに話しかけた。ワンリキーはカイロがわりにヤキイモを抱きしめていたが、一つつぶしてしまった。
「そーだよなー。雪が来るたびに巣穴で縮こまってるし、冬眠どころじゃないっぽいぜ。今回こそはうまくいってほしいよな」
 つぶしたヤキイモを食べながら、ワンリキーは返答した。

 ブースターは腹いっぱいヤキイモを詰めた後、巣穴の中を尻尾で綺麗に掃除した。
「さあ行くぞ! 今年こそ南下して越冬だあ!」
 雨のにおいがする。だが、急がなくてはならない。木々があれば雨宿りは出来る。ブースターは自分の巣穴から飛び出し、駆けだした。途中、雷に気をつけろよとサンダースに言葉をもらった。  今年こそ! 火山を越えれば、その向こうは雪の降らない土地だ。温泉の豊富にわいているあの土地で、あたたかい冬を過ごせるのだ。暖かな土地で一日岩盤浴してのんびりすごす……ブースターはそれを頭の中に思い浮かべるだけで、自然と足が速くなった。
「いっそげー!」
 ブースターが走り出した数時間後、雨が降り始めた。
「今年こそ、越冬だーっ」
 雨にも負けず、電光石火で走り続けて行った。