甘い木



 この時期、カイロスやヘラクロスは、ポケモン渓谷のある森に向かって移動する。ポケモン渓谷は梅雨があけて、再び晴れ間が見えてきた頃だ。湿気が少しずつ乾くと共に、甘いにおいが風に乗ってくる。
 樹液だ。
 ヘラクロスもカイロスも、この樹液が大好物。遠慮なくこの甘い木の森に入っては、樹液をすする。ごくまれに両者が木をめぐって大バトルを繰り広げるが、甘いにおいの木は何本も生えているので、取り合いになることはあまりない。
 もちろん、この樹液の甘さは、ミツハニーの集める蜂蜜に匹敵するほど甘くて美味しいので、甘いものが大好きな渓谷のポケモンたちも飲みたがる。
 今年の樹液は、特に甘いらしい。

 主に夜間に樹液を吸うヘラクロスやカイロスは、昼間は寝ていることもある。そのため、彼らのあまりいない昼間に、ポケモンたちは木の樹液の味見をしにいく。
「ここらへんだよね。いつも甘い香りがただよってくるの」
 葉の色が、普通の木より黄色っぽいのが、甘い木だ。
 くんくんとにおいをかいで、ポチエナは尻尾を振った。
「この木だね。いいにおい!」
 パラスがその木の一部を引っ掻いてみると、少しずつ、樹液が出てきた。舐めてみると、とても甘くてさっぱりしている。
「わー、これ、きっと当たりの木だよ!」
 代わる代わる、皆で樹液を舐める。
「あま〜い」
「美味しいね」
「いくらでも飲めるよ」
 一本の木からたくさん出る樹液は、味見をしにきたポケモンたちの腹を満たすことができた。
「あー、味見しにきたのに、飲みすぎちゃったね」
 ぱんぱんに腹の膨れたプリンは、いつもの倍の大きさに膨らんでいる。手が短くて腹をさする事ができない。
「でも、満足」
 パチリスは腹をさすり、尻尾を動かした。ポチエナはそばで、大きくげっぷをした。
「うい〜。もうおなかいっぱい」
 苦しくて動けないほど、腹に樹液をつめこんだためか、誰も帰ろうとはしなかった。起き上がることすら苦しかったのだ。
 テッカニンが飛んできた。飛ぶのが非常に速いため、普段は羽音しか聞こえないが、今日はのんびりと飛んできたらしい。先ほどまで皆が樹液を舐めていた木まで来ると、木にひっついた。
「やあ、みんな。何を寝転がってるの。昼寝?」
「ちがうよお」
 答えたのはエネコ。樹液の飲みすぎで腹がパンパンに膨れ、起き上がることすら難しそうだ。話すことも息苦しい事であるかのような口調になっている。
「樹液の味見しに来たんだけど、あんまり美味しいから飲みすぎちゃったの。うう」
「確かに飲みすぎみたいだね。腹八分目で我慢しときなよ」
 テッカニンはあまり同情していない。自分も樹液をすすり始める。そして、美味い美味いと言った後、どこかへ飛び去ってしまった。

 しばらく誰も動けなかった。樹液で腹が膨れていたせいもあるが、こなれはじめると、眠気が襲ってきた。ちょうど時刻は昼下がり。暑さが少しずつ和らぎ始める夕方にくらべれば格段に暑いものの、風はふいていて少し涼しく、皆、木陰にいた。
 いつのまにか、皆、眠ってしまっていた。

 夕方を迎える頃、皆目覚めた。が、樹液が十分にこなれていないのか、空腹ではなかったし、まだ苦しかった。
「うう、こんなにこなれが悪いなんて――」
 プリンは何とか起き上がる。
「でもさ、そろそろ帰ろうよ。夜風に当たると、体に悪いしさ」
 げっぷするポチエナ。ヨチヨチ歩いている。
「そろそろ、ヘラクロスたちも来る頃だよ。樹液を横取りしにきた、なんて思われたらやだよ」
「そうだね」
 うう、と苦しそうな唸り声を上げるパラス。細い足で何とか歩いている。
 皆、何とか立ち上がり、よたよたとよろめきながら、それぞれの住処へ戻っていった。

 しばらくして、ヘラクロスとカイロスの群れがこの甘い木の争奪戦を始めた。昼間、ポケモンたちが味見をしたこの樹液は、この甘い木の中でも、極上の甘さを持っていたのであった。
 後日、それを聞いた、甘い木の樹液を味見しに行ったポケモンたちは、ほっと息を吐いたのだった。