朝ごはん



 町のポケモンたちの朝食は、人から貰うものとポケモンフードに大別される。食堂のおこぼれを貰ったり、ポケモンセンターで看護婦ジョーイからポケモンフードを貰ったり、ゴミ捨て場を漁ったりしている。空き地から外れたところにある公園では、多数のポケモンがたむろしている。ポケモンセンターへ行く者もいるが、商店街の、傷物の野菜や果物をもらっている者も多かった。

「くわあ、おなか減ったなあ」
 空き地の古タイヤを寝床にしている、ラルトス。
「朝ごはん、どうしよう」
 念力の使えるラルトスは、寝床からおきだすと、伸びをする。眠気覚ましのために念力で古タイヤを持ち上げては、また地面にストンと下ろした。
「まあ、まず水飲もう」
 公園の水道水を、飲めるだけ飲む。それから朝食探しだ。昨日はポケモンセンターでポケモンフードを貰った。あまり頻繁に行くわけにもいかないので、今日は商店街へ行くことにした。
「傷物の果物とか、もらえるかな。リンゴ大好きなんだよね」
 傷がついていても、食べられればそれでいいのだ。ポケモンはお金を持っていないのだし、盗むわけにもいかない。
 商店街は、まだ朝早いために、どの店も開いていない。商店街外れの定食屋の裏口で、ポチエナが店主からおこぼれを貰っているのを見つける。ポチエナは嬉しそうに尻尾を振りながら食べていた。ポチエナは、この定食屋の料理、特に味噌汁が好物なのだ。
 ラルトスはとりあえず、商店街を通る。途中、ゴミ捨て場でヤミカラスたちが生ゴミを漁っているのを見つけた。
「やあ、何してるの」
「みりゃわかるだろ、カア。朝飯さがしてるんだよ」
 ラルトスが声をかけると、ヤミカラスの一羽が嘴を激しく動かしながら言った。よほど空腹なのだろう。かなり苛立っていることが伝わってきた。ラルトスはそれ以上言わず、ゴミ捨て場を通り過ぎて、進んでいった。
 しばらく歩いていると、ラルトスは誰かに呼び止められた。
「?」
 振り向いてみると、ラルトスを呼んだのは、商店街の八百屋の女主人。四十を半ば越したと思われるが、長年の野菜運びで鍛えられたガッシリとした体が年齢を感じさせなかった。
「ちょうどいいやラルトス。手伝っておくれでないかい」
 ラルトスが行ってみると、ちょうど彼女はトラックから野菜の入ったダンボールの箱を取り出そうとしているところだった。だが、トラックの中をよく見ると、ダンボールのいくつかが開いてしまっているらしく、野菜がバラバラとトラックの内部から道路にまで転がっていた。
 どうしてほしいのかとラルトスは、トラックの中で野菜の箱を持ったままの女主人を見る。相手は、箱を持ったまま、言った。
「ちょっと、この転がっていく野菜、また箱の中に戻してくれるかい?」
 言われるまま、念力で、道路に落ちた野菜と、車内で散らかった野菜を持ち上げる。そして、空いた箱に詰めていった。その間、八百屋の女将は次々にダンボール箱を下ろしていく。ラルトスが一つ残らず野菜を箱に詰め終わると同時に、彼女もダンボール箱を出し終わった。そして、ラルトスが野菜をつめた箱を持ち上げる。
「ありゃ、分類せずに入れちゃったのかい。まあいいや、イモ類ばかりだからね」
 箱を下ろした後、女将はラルトスに三つのざるを見せる。
「この赤いのには、ジャガイモを、この青いのには、サツマイモを、この黄色いのにはサトイモを、分けて入れておくれ」
 ラルトスはまた念力でイモを持ち上げ、一つ一つのイモを見ながら、ざるの中へと入れていく。その間、女将は他のダンボールの箱の野菜をてきぱきと並べていた。入れ終わった後、ラルトスは、赤いざるの中のジャガイモが一つ痛んでいるのを見つけた。女将に見せると、
「ああ、こいつはもう駄目だねえ……。ありがとよ」
 ジャガイモを受け取る。
「こういうのはね、痛んでいる部分を切り取ってしまえば、ちゃんと食べられるんだよ。知ってるかい? けど、これだけ痛んでいると食べることすら出来ないからねえ」
 ラルトスは首をかしげた。腐っている部分を切り取れば食べられるんだ、と初めて聞く話に思わず頭のてっぺんのツノが反応する。
「そうだ、お次はこいつを頼むよ。今日はダンナが腰を痛めちまってね、誰かに手伝ってもらわなくちゃならないんだから」
 ラルトスが渡されたのは、大きな籠五つ。それぞれに値札と商品名が書かれている。
「その値札どおりに、野菜を分けておくれ」
 言われるまま、野菜を念力で持ち上げ、自分で分類しつつ、籠の中へ分けていった。女将は分類の終わった籠から順に棚に並べていく。
 たくさんの野菜を分類するのは疲れることで、なおかつラルトスはまだ朝食の前だった。空腹で、念力を持続させるのが難しくなってきた頃、やっと分類は終わった。
「ありがとね、おかげでいつもより早く終わったよ。じゃ、これはお礼だよ。なあに一つくらい構わないよ」
 大きな赤いトマトを手渡される。最初はリンゴの一種かと思っていたが、野菜だと分かった。
 ラルトスは八百屋を出て、裏通りを抜け、公園まで戻る。公園の水道水でトマトを洗って、食べてみた。汁気たっぷりの、みずみずしいトマト。
「おいしい」
 あっという間にトマトを食べ終わる。ぺろりと平らげてしまった後、ラルトスは手を洗い、ブランコに腰掛けた。
「たまには、野菜もいいもんだね」
 朝の眩しい日差しが、公園の中を明るく照らし出していた。