墓地で肝試し



「き、肝試しなんかするのっ」
 ムチュールはぶるっと震えた。
 蒸し暑い夏のある夜。曇り空。風もなく、静まり返った都会の夜。蒸し暑さで眠れないときに、ムチュールは、マイナンから肝試しをやろうと誘われたのである。
「どうして肝試し?」
「だって、こんなに暑いんだもの。肝試しすれば、汗かいて、涼しくなるかもよ? 行こうよ。みんなも待ってる」
「みんな?」
「うん、みんないるの」

 都会の外れに、閑散とした墓場がある。古びた街灯に照らされたその墓場を取り囲む生垣の側に、ポケモンたちが集まっている。ざっと見て十五匹。
「あっ、来た来た!」
 プラスルが、ムチュールを連れてきたマイナンを見つける。ムチュールは、墓地の側に集まっているポケモンたちの数を見て驚いた。よほど皆暑がって、あるいは退屈していると見える。
「さ、ある程度人数が集まったな」
 エレキッドが頭の上でパチパチと電気を流す。そして、ぐるっと周りを見る。
「グループに分かれる? みんな一緒に行く?」
「一緒がいいっ。暗いの嫌い!」
 ぶるぶるしながらムチュールが叫ぶ。エレキッドはその言葉に気を悪くした様子もなく、
「じゃ、せっかくだから、みんな一緒に行こうか。その方が、より涼しくなりそうだしな」

 墓地の内部は、あまり広くないが、墓石の並びが、複雑に入り組んだ独自の道を作り出している。本日は新月。明かりは街灯のみ。だがその街灯、時々電気が消えてしまう。電球の寿命が近づいているのだ。
 ポケモンたちは、墓場での肝試しを開始した。ただぐるりと一周するだけなのだが、この墓場は広い。この墓場に住み着いたヨマワルかカゲボウズくらいしか、夜間における正確な道を知らない。
「じゃ、肝試し開始―っ」
 ポチエナの元気な声で、ポケモン肝試し大会がスタートした。
 墓場は草が綺麗に刈られているが、ところどころの墓には苔がついている。
 ムチュールはびくびくしながら、隣のマイナンにしがみつくようにして歩いていた。マイナンはプラスルと楽しそうにぺちゃくちゃ話をしている。他のポケモンたちは、怖がっているものもいれば、こんなのへっちゃらだと言わんばかりに胸を張って歩いているものもいる。これだけ騒がしければ何にもでないだろうと思われるほど、皆、音を立ててやかましく進んでいった。
 しばらく進むと、皆、いつのまにか喋るのをやめていた。ひたすら皆、まっすぐに進んでいた。先ほどまでのやかましさが嘘のようだ。ムチュールはぶるぶる震えながら、マイナンにしがみついているままだ。マイナンはいつのまにか、プラスルの片手を握っている。そしてプラスルもマイナンの手を握り締めている。
 街灯の明かりが、時々弱くなる。
「よー」
 ふと、どこからか声が聞こえる。同時に皆、身構えた。
 目の前に、カゲボウズが現れた。
「みんな揃ってなにやってんだい? こんな暑い夜にさ」
「き、肝試し……」
 ポチエナはぶるっと体を震わせる。武者震いなのか、怖いのか。カゲボウズは首をかしげると、言った。
「ああそう。でもさ、今夜は止めとけよ」
「どうして?」
「この天気見ろよ。しけってるしさ、曇りだし、雨が近いぜ。肝試しやるのは勝手だけど、雨の中を濡れて帰るってのは止めとけよ。涼しさを通り越して風邪をひいたら、肝試しの意味ないじゃん」
「あ、そうなの」
「うん。おれも、そろそろねぐらへ帰るよ。濡れるの嫌いだし。んじゃな」
 カゲボウズはそう言って、墓場の外れに在るあばら屋まで飛んでいった。雨漏りはあるが、ゴースト系ポケモンが時々あそこで集会を開いたりする場所である。
 カゲボウズがいなくなったあと、ポケモンたちはまた進んだ。確かにカゲボウズが言うとおり、時間が経つうちに曇りがひどくなり、湿り気が多くなってくる。早く墓場を一周して帰りたいと、皆が思い始めていた。
 それでも、一時間もしないうちに墓場を一周することは出来た。
「やっと終わったね。でも、何も起きなかったよね?」
 ムチュールは震えながら、皆に確認をする。皆、頷いた。
「でも、ちょっとだけ涼しくなったかな?」
 エレキッドはピリピリと静電気を放出する。皆、速く帰りたくてうずうずしていた。
「じゃあ、帰ろうか」
 皆、そろって賛成した。そして皆、おやすみと挨拶したあと、数匹ずつ固まって帰っていった。ムチュールはまたマイナンの手を握り、マイナンはプラスルの手を握っていた。

 誰もいなくなった墓場。雨が少しずつ降り始めると、散歩をしていたゴーストが慌ててねぐらへ急ぐ。
「ひょー、濡れるのはやだぜ」
 ゴーストがいなくなったあと、墓場の柳の木が雨に打たれ始める。だがその柳の木の枝の下に、誰かが立っているのが見えた。ポケモンではない。しかし人間でもなさそうだ。なにより、その謎の人物の周囲には、青白い光が見える。
 雨がひどくなってくると、その青白い光と共に謎の人物は消えていった。どこかへ出かけたのではない、その場で、消えてしまったのだ。