小さくて黄色い



「うーん、おいしー!」
 ヒワダタウンからの供え物である納豆入りおにぎりをほおばり、セレビィはご満悦。
「やっぱり納豆はヒワダ産にかぎるわー。この粘り気、納豆の歯ごたえ、ごはんの炊きぐあい、全部ピッタリしてるんだもの。もう最高!」
「美味しいに決ってるでしょ、だって、美味しくなるように作りなさいって、アンタの代理でヒワダタウンの人たちの夢に入って教えてやったんだから」
 ウバメの森のほこらにて、セレビィの友達のムウマは呆れた声をあげてフウと息を吐いた。ヒワダタウンの人々の夢に入りこんでセレビィの言葉を脅しを交えて伝える代わり、報酬として供え物をわけてもらっているのだ。
「じゃあ、今回の報酬は、この木の実とお菓子ね」
「うん、どうぞー。もぐもぐ」
 セレビィは納豆おにぎりを食べられればそれで満足なので、ムウマがたとえ供え物の菓子や木の実を全部持って行っても気にとめないのだった。

 さて、今日もセレビィが納豆おにぎりを堪能していると、森の南側から声が聞こえて来た。
「新しいみつぎものかしら? でも納豆おにぎりはさっきお供えしてもらったばかりだし……」
 耳を澄ませてみると、聞こえてくるのは人ではなくポケモンの声。タタタッという走駆の音は人のだすそれではない。この森にはそれほど軽快な足音をたてるポケモンが生息していないので、どうやらよその土地から来た者らしい。
 セレビィの座るほこらの側に姿を現したのは、セレビィの見たことがないポケモンであった。全身が黄色い毛でおおわれ、たえずパチパチと小さく電気が走っている。体はとても小さく、青くて円らな目をしている。ぱっと見た所電気タイプといったところだろうか。
「あら、あなた。初めまして、よね?」
 飯粒を口元にくっつけ、おにぎりを手にしたままのセレビィが挨拶をすると、そのとても小さなポケモンは驚き飛び上がった。そしてその周囲にバチバチと電気を走らせる。
「だ、だだ、だれ?!」
「こっちよ、こっち」
 その小さいポケモンが、ほこらを見上げてその屋根に座るセレビィを見つけるまでに一分はかかったに違いない。
「だだだ、だれ?!」
「セレビィってんだけど、あなたこそダレ?」
 二つ目の納豆おにぎりを手にセレビィが問うと、黄色くて小さなポケモンはぶるぶる震えながら答える。
「ばば、バチュル」
「バババチュル?」
「バチュル!」
「そう、バチュルね」
 セレビィはおにぎりを咀嚼してから木の葉できちんと口をぬぐい、ほこらの屋根から飛んで降りる。
「あなた、ここらへんで暮らしてるポケモンじゃないよね? どこからきたの?」
「いい……イッシュってところから」
「イッシュ……聞いたことあるような無いような」
「う、海のずっとむこうの場所」
 そこでバチュルの腹がグウと派手に鳴ったので、バチュルはもじもじし始めた。腹の音を聞かれて恥ずかしいのだろうか。
「おなかすいたの? じゃあ」
 セレビィはほこらの供え物の元へ飛び、いくつかの木の実や菓子を取ってきた。
「どれ食べる?」
 目の前に並ぶ食料を、バチュルは目をさらに丸くして見つめた。食べていいのかと聞くので、セレビィは頷いた。自分の納豆おにぎり以外なら、食べてくれても構わないのだから。
「あ、ありがとう……!」
 バチュルが礼を言ってまもなく、セレビィの持ってきた食べ物は全て平らげられていた。とんでもない食欲にセレビィは驚きあきれる。
「ぷう、まんぞく」
 バチュルは目を細め、脚の一本で自身の腹をゆるくさすった。さすったところから、静電気がパチッとはじける。
「そういやあなたイッシュから来たって言ってたけど、みたとこトレーナーからはぐれたってカンジするわね」
 セレビィの言葉に、バチュルはうんうんと強くうなずいたではないか。
「そ、そそそ!」
「ふーん、やっぱりねー」
「でも、なんでわかった?」
「だってあんたみたいな珍しい形のポケモン、この地方に暮らしてないもん。だったら他の地方からきた人間が連れて来たに決ってるじゃない。ま、単にはぐれたならともかく、捨てられたかもしれないけど」
「す、捨てられ……!」
「まあ今はクヨクヨ考えないで、素直におっしゃい。ここの森を通る人間はたいてい、この祠の前を通って行くんだからさ」
 セレビィにヘコまされたバチュルだが、それでも自分をこの土地に連れて来た人間の容姿を話す。セレビィはほこらに座って三つ目の納豆おにぎりを取りあげながら、「それなら見たわよ」と言った。
「ほ、ほんと?!」
「ホントよ。よくある観光客の団体でさ、このほこらの写真をいっぱい撮りまくって、ヒワダタウンの方へ行っちゃったわ。あっちね」
 セレビィの指した方向はヒワダタウン。バチュルは目をキラキラさせて嬉しそうにぴょんぴょん跳びはねた。
「あ、あっちだね、ありがとう!」
 礼を言うが早いかバチュルは急ぎ足で森の道を走っていった。
「あらあら、せっかちだこと」
 セレビィはその後ろ姿を見ながら、納豆おにぎりにかぶりつく。
(むむ、冷めかけてるじゃないの。納豆おにぎりは熱々がいちばん美味しいのに)
 先ほどバチュルの相手をしたぶん、おにぎりは少し冷めていた。あのバチュルが無事にトレーナーを見つけられたかは不明だが、今のセレビィはバチュルのことなどすっかり頭の中から外へ追い出して、納豆おにぎりの事ばかり考えていたのだった。