チョコレート



 今日は二月十四日。町は、最後のバレンタイン商戦に突入していた。町はカップルが行きかい、朝も早くから賑わいを見せている。
「今日は、チョコレートを配る日なんだってさ」
 いつもの公園で、ポチエナは舌なめずりをした。
「毎年のことだけど、チョコのおこぼれもらえるかな?」
「売れ残りを期待するほうが間違ってるって」
 冷たく言ったのは、ポッポだった。
「菓子屋のぞいてきたけどさ、すっごい盛況だったよ。かわいくラッピングされたのとか、すっごくよく売れてる」
「しょげー!」
 ポチエナは口をあんぐりあけた。
「なんだよなんだよなんだってんだよー! チョコ大好きなのにー! そんな絶望的な答えすんなよー!」
「しょうがないじゃん。事実なんだから。コンビニだって結構人間いたしさ」
「チョコの失敗作でももらえないかな? 菓子屋に行ったら一個くらい――」
「無理だって。どの店も人がいっぱいいるんだからさ」
 ポッポはそれだけ言うと、ポケモンフードをもらいに、ポケモンセンターへ向かって飛び立っていった。
 ポチエナはぐるるとうなり声を上げてから、商店街へ進んだ。
「出来損ないのお菓子くらい、もらえるよなっ」

 商店街を歩いていると、風に舞うチョコレートの包み紙がやたらと目に付く。行きかう女性陣が綺麗にラッピングされたチョコレートの箱を持っているのが見える。ポチエナは舌なめずりしたが、もらえるわけでもないので、商店街の外れまで歩いた。
 和菓子屋がある。この商店街唯一の和菓子屋。多くの客は、店の主とおしゃべりをするために来ている。そして、ポチエナはこの店のお得意様でもあるのだ。
 裏口でポチエナが、かわいらしい声でキャンと吼える。すると、ドアが開いて店の主が顔を覗かせる。温厚な老婆で、今年七十になる。
「おんや、来てくれたのかい。うれしいねえ」
 ポチエナをなでてやる。ポチエナは尻尾を振った。そして、どら焼きと大福をもらう。朝のおやつを食べて、老婆に甘えた後、ポチエナは店を出た。
 もう一度商店街へ戻る。朝から全く衰えを見せない盛況ぶりであったが、数日前と比べると、店の混雑はさほどでもない。各場所で、カップルが手をつないで歩いているのが見える。チョコレートのほとんどは男の手に渡ったようだ。
「いいよなあ。チョコもらえるなんて」
 ポチエナは鼻を鳴らした。
「でも最近は自分チョコなんてのも流行ってるっていうしなあ」
 女が男にチョコレートをあげる時代は終わりを迎えていないが、チョコレートをあげる対象は変わりつつあるようだ。義理チョコ、友チョコ、自分チョコ。
「チョコをもらえたり、あげられる口実があればいいんだよな、要するに」
 ポチエナは、ポケモンチョコなんてのがあればいいのに思いつつ、商店街の人ごみを抜けていった。
「あーあ、店が閉まるまで、チョコ探しはおあずけか」
 商店街を抜けて、公園に入る。子供たちが遊びに来ているのを見て、ポチエナは自分も混ぜてもらって一緒に遊ぼうと近づいた。
「あっ、ポチエナだ!」
 幼い子供たちはポチエナを取囲んだ。物怖じしないポチエナは尻尾を振った。
「おかしあげるー」
 子供たちはクッキーやビスケットをくれた。毛皮をなでてもらい、追いかけっこをして遊ぶ。やがて昼時になり、子供たちは昼食を取りに、家に戻ってしまった。ポチエナは公園の隅の水のみ場で喉の渇きを癒すと、公園を出て、廃ビルへ向かった。気に入りの昼寝場所だ。
「さて、おかしで腹が膨れたことだし、ちょっと腹ごなしに寝ようかな」
 ぼろぼろのクッションをしきつめた箱の中に潜ると、ポチエナのまぶたは閉じられ、スースーと寝息が箱の中から漏れてきた。

 ポチエナが目を開けたのは、それからどれくらい経ったころなのか。目を開けて、くわあと大あくびする。箱から飛び出して背伸びをした後、空を見た。
 ヤミカラスが空を渡っていく。
 オレンジ色の空を。
「げげっ、もう夕方じゃん!」
 昼寝のせいか、あまり空腹感はない。それでも公園に戻って水を飲んだ後、商店街へ急いだ。
「店、どこか閉まってるかな。まだ開いてるかな」
 人通りはだいぶ少ない。菓子屋のウィンドウを見たが、チョコレートが飾ってあるはずの棚には、「売り切れ」の札が下がっていた。他の店も見たが、どこも品切れ状態。
「がーん! オレのチョコがあ!」
 チョコレートは、分けてもらえそうになかった。
 予想していたことではあったが、ポチエナはそれでもショックだった。毎年ひとくち貰っているのに……。
「まあいいや、オレが昼寝したからもらえなかったんだ」
 とぼとぼと公園へ向かって歩き出す。
「おーい」
 声が聞こえ、見上げると、オレンジの空から、ポッポが降りてきた。足に何かをつかんでいる。
「これ、一つだけ手に入ったから、やるよ」
 足につかまれたそれを見ると、一口サイズのチョコレート。コンビニで二十円ほど払えば手に入るものだ。
「じゃ、もうメシの時間だから戻るわ」
 ポッポはチョコレートを置いて、すぐに羽ばたいて空へ飛び去った。残されたポチエナはチョコレートをしばらく見つめ、それから飛び跳ねた。
「やったーあ!」
 キャンキャンわめきながら、公園へ向かって、チョコレートを口にくわえて駆け出していった。