ブースターの冬



「あー、いい気持ちい」
 ブースターは、岩盤の上にごろりとねころがって、太陽の優しい日差しを浴びる。
 ポケモン渓谷からの南下に成功して、時期はもう冬。ポケモン渓谷は激しい大雪に見舞われていることだろう。だが、火山帯のこのあたりは、山が雲をせき止めてしまい、重い雲は前進できなくなってポケモン渓谷に雪を降らせる。火山帯に雲の残りが来るころには、空っ風に変わってしまい、雪はめったに降ってこない。なので、このあたりの火山帯は炎ポケモンがそろって日光浴や岩盤浴をしにくる絶好の場所なのだ。
 寒がりのブースターは、お気に入りの場所に陣取って、ゴロゴロ。
「あー、最高!」
 たまに年寄りの群れがあらわれて、もみくちゃにされることもあるが、ブースターはこの場所が大好きだ。
「大吹雪の日が来ても、寒さで起こされることなんてないし、いつのまにやら巣穴から転がり落ちて雪にうずもれることもないし。ここって天国だよね」
 起き上がって、北の方を見る。山脈にどんよりとした厚い雲がのしかかっている。雪雲。今頃渓谷は大雪だろう。冬になったばかりだ、あの雲が完全に山から消え去るまで、長くかかりそうだ。
(皆、元気にしてるよね)
 冬眠の時期なのだ、氷ポケモンを除けば、皆眠っているはずだ。渓谷へ帰るのは、あの雲が完全に消えてからにしよう。
 ブースターの腹が鳴った。
「おなかすいたし、何か食べようかな」
 起き上がって背伸びをする。そして、少し離れたところにある林に向かって歩き出した。が、足元の小石に蹴躓き、おまけに足を滑らせて、近くの温泉の中へと転がり落ちてしまった。
 温泉に派手な湯柱があがった。

「だいじょうぶかね、若いの」
 モモンの実をほおばりながら、年寄りのコータスはブースターに話しかけた。ブースターは、温泉の湯で全身がびしょぬれのままだ。ブルブルとしきりに体を振って水気を切っているものの、なかなか乾かない。
「はあ、まあ大丈夫ですよ」
 ブースターはぶるっと大きく体をふるった。びちびちと派手に水気が飛んだ。完全に乾いていないが、まあ、後は乾くのを待つしかない。
「昔っから自分はこうでしたからねえ」
 ブースターはとりあえずこれ以上体をふるうのをやめた。ここは暖かいのだ、そのうち乾く。モモンの実を口に入れ、柔らかな実の汁を飲み込む。
「そういえば、お前さん。ポケモン渓谷から来たんじゃったな」
「ええ」
「あそこにはまだおるんかね、わしらと同じくらいの年よりヨルノズクが」
「あっ、ものしり博士ですね。いますよ。今年はどこへ越冬しに行ったのかな」
「おお、生きておるんじゃなあ。やつの事だからもうくたばったとばかり思っておったわい。ふわふわふわふわ」
 口をしょぼしょぼさせて笑うコータス。ブースターはもう一つモモンの実をほおばった。これは固い……。
「ヨルノズクは何年か前にもここで越冬していきおったよ。毎日枯れ木の中でねぼけて何かしらやらかしおってなあ。……今もそうなのかね」
「えっ、そんなことないです。僕らにいろんな話してくれるし、いろんなこと知ってるし、ボケてるわけじゃないと思うんですけど」
 ものしり博士ったら、何をやってたんだろ。ブースターは口の中のモモンの種をかみつぶした。甘い汁に反して、種の汁は苦かった。
「あの、何をやらかしたんです、物知り博士は」
「ふぉふぉふぉ。聞きたいかえ」
「ええ、ぜひ」
 そう、ぜひとも聞きたい! 渓谷の友達に話すいいネタになるかもしれないから。
 コータスは首をゆっくりと左右に振る。思い出そうとしているようだ。まさかボケちゃってて思い出せないとか? ブースターは待った。コータスはやっと首ふりをやめて話し始めたが、そこに至るまでに一五分ほどの時間が消費された。
「……あれは、三年ほど前の事じゃったなあ。ヨルノズクが久しぶりに越冬しにここへ来たんじゃよ。どうやら旅の途中、どこかで翼を痛めたらしくて、よろよろと飛んでおった。さいわい、オボンの木をねぐらにしたので助かったがね」
 それから様々な横道にそれ、多彩な形容詞と形容動詞、副詞を使った長話が続く。ブースターは眠いのを必死で我慢し、舌を噛んでやっと眠気を払っていた。コータスは、ブースターが今にも眠りそうなのを必死で我慢しているとは全く気が付いていない様子で、淡々と話を続けていく。なんとおしゃべりなのだろう、物知り博士以上だ。
「でな、そこでとんでもないことが起きたんじゃよ。って、コラアアアアア!」
 突然の大声に、ブースターはハッとした。目が覚めた。さっきまでうとうとしてしまったのだ。
「若造! ひとの話は最後までしっかり聞かんかいいい!」
 コータスの吹きつける煙幕に、ブースターはせき込んだ。
「ご、ごめんなさーいっ」

 ポケモン渓谷。今日は珍しく、晴れている。ポケモンたちの一部は冬眠から覚めて、雪合戦をしたり、雪だるまを作ったりしている。
「ねえねえ」
 ルリリが雪だまりの中から、はねてきた。雪を転がして大玉を作っているライチュウは、はねてくるルリリをみつけた。
「ブースター、行けたかな」
「……行けたと思うよ」
「どうして?」
「だって、こんなに深い雪になってもブースターの姿を見ないもの。きっと南下に成功して、今頃は熱い温泉のあたりで遊んでいるんじゃない?」
「ふーん」
「春になったら、きっと帰ってくるよ」
 そう言って、ライチュウは雪玉を転がし始めた。

「でな、わしらは言うたんじゃよ、『そんなことをすると命にかかわるぞ』とな。じゃが、あのザングースとメタモンは聞かなかった。それどころか、刃をふるってきたんじゃよ。わしらは必死で防御したんじゃが、やつの攻撃の方がはるかに強かった。あっというまに囲みはやぶられ、わしらが倒れている間に、奴らは洞窟の中へ入っていきおったんじゃよ。まあ、そんなことがあって、今はあのあたりは完全に封印してしまったがのお。それでじゃ――」
 温泉の脇で、ブースターは今日も老人の長話に付き合わされていた……。
(早く春にならないかなあ……)