渓谷は大吹雪



「うへー、猛吹雪だよ、これ」
 ライチュウは、立てかけてある鉄板をちょっとどけて外を見る。ビュウビュウ吹き荒れる猛吹雪。横殴りの雨ならぬ横殴りの雪。
「何度か猛吹雪がこないと、春にならないんだよね。不思議だよなあ、この法則。あと何回来たら、春が来るんだろうなあ」
 鉄板をまた立てかけなおして風を防ぎ、ライチュウは、巣穴にしきつめた落ち葉の中に寝転がった。鉄板を通して、ビュウビュウと鋭い音が聞こえる。風がうなり声を上げている。明日晴れたら雪合戦も雪だるまも好きなだけやれそうだと思いながら、ライチュウは目を閉じた。
「晴れてくれると、ありがたいんだけどね」
 このとんでもない吹雪では、晴れそうに無いかもしれないが。

「また今日も吹雪か」
 ブースターはぶるっと身震いした。炎を発して周りを熱くできないかと考えたが、巣穴をまるごと燃やしてしまうのは賢明ではない。
「あと何回吹雪がきたら、春が来るんだよう。寒いの、もうやだよう」
 ぶるぶる体を震わせて精一杯毛を逆立てる。ちょっとだけ温かくなった。かまくらを巣穴の入り口に作って、窒息しない程度の大きさの空気穴もつけたのだが、その空気穴から激しい風がピュウピュウと吹き込んでくるので、寒くて仕方が無い。ブースターは周囲の落ち葉を尻尾と前足でかき集めて、なるべく自分の体を包み込めるように盛りなおした。
「来年こそ、南下してやるううううう!」
 ぶるぶる身震いしながらクラボの実をほおばって体をカッカと温めた後、ブースターは目を閉じた。次に目覚めた時には既に春が来ていることを願いながら。
……叶わぬ望みだと知ってはいるのだが。

「オーフブキ、オーフブキ」
 いったいどこから姿を見せたのか、十羽以上のネイティの群れが風に飛ばされている。だが不思議なことに木々にぶつからないまま、風に飛ばされている。しかも、顔色一つ変えずに。
「オーフブキ、オーフブキ」
 ネイティの群れは東に向かって飛んでいった。
「アトイッカイ、アトイッカイ。アトイッカイデ、ハルガクル。アトイッカイデ、ハルガクル」
 ネイティたちは皆飛ばされてしまい、こだまだけが、後に残された。
「オーフブキ、アトイッカイデ、ハルガクル〜」
「オーフブキガ、ヤッテキタ〜、ハルガクル〜」
「マダマダアケヌ、フユノアサ〜」
 ネイティの群れが飛ばされていくのを、ユキワラシはぽかんとした顔で見つめていた。
「すげーや、あいつら。平然としてやがる」
 ハルガクル〜と、何事も無かったかのような表情――もしあのネイティに表情があるならば――であった。ユキワラシさえ足を踏ん張っているのが大変なのに。ネイティたちは本当に何事も無かったかのような無表情で、ビュウビュウと羽を撒き散らしながらも飛ばされ続けているのである。
 ネイティの群れがはるかかなたへ飛ばされていってしまった後、ユキワラシは散歩を再開した。大吹雪の日こそ、氷ポケモンの天下。
「とはいえ、これほどの吹雪だとさすがに、歩きづらいよな〜」
 うっかりしていると浮き上がってしまいそうなほど、風は強く吹き付けてくる。激しい大雪で前方も見えないくらいだ。ユキワラシは、寒ければ寒いほど嬉しいのだが、この風だけはもうちょっと弱まって欲しいと思っている。
「おれまで飛んでいっちまいそうだよ、大雪なら嬉しいんだけど」
 ユキワラシは深い雪の中を、ちょこちょこと進んでいった。
 五分後、ぎゃーと悲鳴を上げながら、ユキワラシが風に飛ばされていった。

「うう、クソ寒いぜ」
 グラエナはぶるっと身震いした。
「うううう、巣穴がこんな時に壊れちまうなんてついてねえや」
 グラエナが住処としている古木。大きくて体を寝そべらせるのに十分な広さのうろがあるにもかかわらず、うろの入り口が壊れかけている。冬篭りの支度をしていたときに、うっかりぶつかってしまったのだ。老いた木はその仕打ちに耐え切れなかったらしく、ベキベキと嫌な音を立てて亀裂を入れてしまった。その亀裂からは隙間風が入り込み、うろの中を冷やしてしまう。
「巣穴が完全に壊れなかっただけでもマシって思ったほうがいいんだろうか……うう、寒い」
 グラエナはぶるぶる身震いして、巣穴の中に敷き詰めた落ち葉をうろの隙間に詰め込んだ。少しの間は風を防いでくれるが、やがて風の勢いに負けて葉っぱは全部飛ばされてしまう。
「くそー、早く春になってくれええ」
 毛皮を逆立てながら、グラエナは尻尾を体に巻きつけて手足をちぢこめた。自分の寝つきのよさに感謝しなければと思いながら、数秒後にはもう寝息を立て始めていた。
「むにゃむにゃ、明日は春に……」
 なってくれればいいのだが、と思わずにはいられないほど、外の吹雪はすさまじいのであった。

 ポケモン渓谷の外れ。南へずっと進むと火山がある大きな道だ。その場所には雪雲は無い。山に雲がひっかかってほとんどの雪を渓谷の中に降らせてしまい、山からむこうは空っ風。
「雪が降らないのは、ありがたいのう」
 新しい石炭を掘り出しに行こうと群れを成して移動していくコータスたちからはなれたところで、バクーダの群れは、山に引っかかっている分厚い雪雲を見ながら、岩盤浴を楽しんでいた。
「年がら年中岩盤浴を楽しめるのは、うれしいのう」
「そうじゃのう」
「夏の暑さは特に最高ですのう」
「そうですのう」
 年寄りくさい会話を交わしながら、岩の上で群れをなしている。
「雨が降らなければ、なおのこといいんですけどねえ〜」
「そうですねえ〜」
 ほのぼのと会話が交わされていく間中、山にひっかかっている雪雲からはとんでもない量の雪が降り注ぎ、すさまじい暴風が渓谷中を吹き荒れていたのだった。

 あと一回、大吹雪が訪れれば渓谷に春が来る……。