不眠



「最近、全然寝付けないの」
 町の片隅にある小さな空き地で、エネコはスリープに言った。
「無理やり寝てるんだけど、どうしても夜中とかに眼が覚めちゃって、結局、朝まで起き通し」
「で、おいらの催眠術で眠りたいってわけかい」
「うん。寝かして」
 もう太陽は西のビル群のほうへと沈んでしまった。夜の帳が、静かにかぶさってくる。街灯の光に照らされた小さな空き地で、エネコは尻尾を振っていた。
 雷が落ちようが地震が来ようが定刻に必ず眠りにつくスリープは、寝つきのよさである意味有名である。自分に催眠術をかけて寝ているからだという噂もあるが、本人はそれを否定している。
 スリープは、虫食いのリンゴをかじりながらエネコの話を聞いていたが、芯まで全部食べつくしてから、口を開いた。
「でもさ、おいらの催眠術で一晩ぐっすり眠れるとは限らんよ?」
「え、なんで」
「おいらのは、効き目が短いのさ。今かけても、目覚めるとしたら夜中ごろだね。まあ、まずはポケモンセンターのラッキーに相談してみれば? 何か手を打ってくれるかもしれないよ。それで駄目なら、おいらのとこにまた来いよ」
「うーん」
 エネコはしばらく尻尾を振っていたが、やがてスリープに別れを告げて、ポケモンセンターへ急いだ。

 ポケモンセンターのポケモン看護婦ラッキーは、裏口の倉庫付近でエネコの話を聞いた。
「あら、つまり、不眠を治してほしいのね?」
「そうなの。できる?」
「そうねえ。じゃあ、あなたに歌ってあげるってのはどうかしら」
 ラッキーの言葉に、エネコは首をかしげた。
「うたうって?」
「言ったとおりよ。うたうの。いい気持ちで眠れるわよお」
「へーえ。そうなの」
 エネコは尻尾を振った。
「ねえ、本当に、ぐっすり眠れるの?」
「保証してもいいわ。今、試す?」
「うん」
 エネコは、ポケモンセンターの倉庫にある、食料用の麻袋に寝転ぶ。
「うたって」
「じゃあいくわよ」
 ラッキーは歌い始めた。
 不思議な音色、エネコはたちまち、眠気に襲われた。まぶたがさがり、動かしている尻尾が、少しずつ垂れてくる。
(ね、眠い……)
 ラッキーが歌い始めてから一分も経たない内に、エネコは眠り始めた。

 はっ、と目を覚ましたのは、どのくらい経ってからの事なのか。エネコが麻袋の上から起き上がったときには、東の空が白んでいた。
「あっ、寝ちゃったんだ……」
 エネコは伸びをした。
「ふう。ぐっすり寝てたのね。夢もみなかった」

「へえ。眠れたんか。そりゃよかった」
 空き地のスリープは、トマトをかじりながらエネコに言った。
「ラッキーの子守唄は最高だろ?」
「うん。朝までぐっすりよ」
「でもさ、気をつけたほうが良いぜ?」
「え、なんで?」
 エネコは首をかしげた。
 スリープは、最後のひとかけらのトマトを口に放り込んだ。
「ラッキーの歌は確かに眠れる。けど、また聞きたくなっちまうのさ。中毒性を持ってるからな。知り合いにさ、ラッキーに何度も歌って寝かせてもらって、最後にはポケモンセンターで寝泊りするようになったやつがいんのよ。離れられなくなったんだな。たまに聞くだけならいいけど、毎日毎日聞くのは危ないぜ」
「でも、聞かないと眠れない……」
「そりゃ、ストレスためてるとか、エネコのほうにも原因があるんじゃないかい? 今日一日、走り回って思いっきり疲れてみるとかしたら、少しは寝られると思うがね」
「そうかなあ」
 エネコはスリープに別れを告げた。

 半信半疑で、スリープに言われた事を実践してみることにした。今日一日、町中を走り回って、運動したのだ。長距離マラソンなみの距離を走りまわり、夕方になるころには、エネコはくたくたに疲れきってしまった。いつもの寝床へやっとの思いでたどりつき、体を横たえると、夕日がまだ顔に当たっているうちから、眠ってしまった。

 朝、全身の筋肉痛とともに、エネコは目を覚ました。ぐっすり眠れた事は確かだが、久しぶりの運動で、全身が痛くて仕方なかった。
「でも」
 エネコは思った。
「結構、すっきりしたかも」