古時計
「ところで」
食堂の窓を拭きながら、ズルズキンが口を開いた。
「何かナ?」
ゴチミルは、念力で、高い所にある窓を雑巾で拭かせている。
「今、何時?」
「あ、時計が壊れてるのネ。ちょっと待っテ」
今朝になって、定食屋の壁にかかっている、大きな古ぼけた時計が壊れてしまったのだ。柱時計というものらしく、こんな大きなものを壁に飾っておくなんてレトロなものだと、ズルズキンもゴチミルも日頃から思っている。ただ、この食堂にはこれしか時計が無いので、仕方なく柱時計で時間を確認するくせがついている。
ゴチミルは、二階の自宅の目覚まし時計をひとつ持ってきた。
「店が開くまで、あと一時間だヨ」
「フーン、ありがとう」
二匹は再び掃除を続けた。
柱時計は、ちっとも針を動かさないままで、壁の一角を陣取っていた。左右に振れぬ大きな振り子がさびしげにぶら下がったまま。いつも通りこの巨大な柱時計はそこにあるのに、何だかものたりない。あれはいつも動いていたのに、もう動いていない。
時計の針は、六時半を指したまま、完全に止まってしまっていた。
店が終わり、片付けを始める。
「なー」
テーブルやカウンターを濡れ布巾で丁寧に拭きながら、ズルズキンは言った。
「何かしラ?」
ほうきで床をはきながら、ゴチミルが応えた。
「時計……」
「うン」
「あれって、すんげえオンボロじゃん。何十年前のシロモノか知らないけど、あれって修理出来るのかな?」
「たぶん無理ヨ。今の時代はデジタル時計だからネ。それくらい古いものをなおせる人がいるとは思えないヨ」
「そうだよなあ」
ズルズキンとゴチミルは、今日の出来事を思い返す。空の食器を洗い場に運んでいる時、客たちは柱時計が壊れた事について、口々に言っていた。
「なんだろーね、あのオンボロ時計って、この定食屋のシンボルみたいなもんだと思われてたってことなのかな。あんなにお客さんが話をしてたくらいだからさあ」
「でしょうネ」
掃除の手を休めて、二匹は、動かない柱時計を見る。いつもの習慣で、時計を拭いてほこりを取ったのだが、修理されていない柱時計はウンともスンとも言わない。左右に揺れ動く振子をチョイチョイと、留めないように気をつけながら少しずつ埃を取って磨くのが、とても楽しかったのに。
「この時計、修理できなかったら、捨てられちゃうのかな」
「ワカンナイ」
一日の仕事が終わり、定食屋の夫婦が寝付いたところで、ズルズキンとゴチミルは、せんべいをかじりながら今日の新聞を読んだ。
翌日。ズルズキンとゴチミルは、夫婦に頼まれて商店街へ買い物へと出かけた。九月というのに、太陽はギラギラ照りつけ、すぐ汗だくになってしまう。それでも、いつもの店をぐるっと周って、買い物かごいっぱいに品物を入れた状態で店に戻った。
「あれ?」
水を飲もうと洗い場へ向かおうとしたところで、ズルズキンは気がついた。ゴチミルは、念力でコップを浮かせていたところだが、同じくそれに気がついた。気がそれたので、危うくコップを落としてしまうところだったが、慌ててコップを流しの上に乗せた。
店へ出ると、あの柱時計はまだ動いていないことを知る。が、店の客たちは、柱時計のある壁を見て、なんやかんや言っている。二匹がその壁を見ると、
「あれ?!」
なんと、柱時計の置かれた場所のすぐ傍に、いつも定食屋の夫婦がリビングで使っている普通の壁かけ時計がかけてあるではないか!
「あれえ?」
二匹が時計を、穴のあくほど眺めていると、定食屋の主人が言った。
「その時計な、もう修理できるやつがいねえんだ。だけど、こいつに愛着わいちまって捨てられなくてよ。だから、店の中に飾っとくのさ。代わりに、その壁かけ時計に活躍してもらおうってわけよ。いつもわしらが使ってんのは、目ざまし時計だけだからなあ」
その言葉を聞いて、客たちは大笑いした。
そういえばそうだったなあ。ズルズキンとゴチミルは、いつもこの夫婦が枕もとの目覚まし時計を頼りにしていて、リビングの時計については、電池を変える時以外ろくに見ていなかった事を思い出す。
「だからな、お前ら。柱時計の掃除はこれからも続けてくれよな」
はーい。ポケモンの言葉で、二匹は返事をした。その顔に目いっぱいの微笑みを浮かべて。