風鈴とチリーン



 暑い夏が訪れる。梅雨はおよそ二週間続き、やっと青空が元気を取り戻した頃には、カレンダーの日付はもう七月前になっている。商店街には、ガラス細工が並び、涼しさをアピールしている。風鈴の店、扇風機やエアコンなどの家電店は、人でにぎわう。リンリンと心地よい音が、商店街に響き渡っている。
 商店街の真ん中に、小さな店がある。親指くらいの大きさの風鈴が売られている。いずれも手作りだ。
 店の奥にチリーンがいる。この店に住み着いているのだ。この店に売られる風鈴のリンリンという綺麗な音が好きで、いつのまにやら住み着いている。この小さな店を営むのは、歳五十を越えた夫婦で、年中通してガラス細工を売る。風鈴以外にも、皿やコップもある。が、一番の人気商品は、ポケモンの柄や花の柄が綺麗に写された風鈴であった。

 夜風が吹くと、リンリンとやさしく風鈴が鳴り響く。チリーンは物干し場で、風鈴の音を聞いた。チリン、リンリン。いくつもの風鈴が、風に揺られて音を立てる。チリーンはその風鈴の音を聞くのが大好きだった。商品の出される五月の終わりから九月の初めまでしか聞けないが、その短い間だけでも、毎日風鈴を聞いていた。風のない日は自分で風を起こして、リンリンと風鈴を無理やり鳴らしていた。

 ある日、大雨が降った。風もかなり強く、外にいるだけでずぶぬれになる。こんな日には売り物の風鈴やガラス細工は外へ出せないので、店内に置かれる。店の中に風が入ってこないので、風鈴はピクリとも動かない。チリーンは、老夫婦が扇風機をつけないものだろうかと、狭い天井付近で待ち受けていた。開店時間になっても店を開けないので、チリーンは不思議に思って店の奥へ行ってみる。すると、老夫婦がテレビを見ていた。
「あ、そうか。今日はお店がお休みの日なんだっけ……」
 午前のバラエティ番組にあまり面白いものは無い。チリーンが見ても笑えないが、老夫婦には分かるらしく、大笑いしている。人間とポケモンの感覚の違いだろうと思いながら、チリーンは店の中へ入っていった。老夫婦の住まいと店は、同じ建物の中にあるのだ。
「つまんないや。風鈴鳴らそう」
 チリーンは店の隅にある風鈴コーナーへ行く。風鈴がいくつも釣り下がり、ほこりをかぶらないように薄布を被せてある。チリーンは布を引き摺り下ろした。いくつもの風鈴が、布を引き摺り下ろした際のわずかな揺れで揺すられ、リン、とかすかな音を立てた。
「さ、鳴らしてやるぞ!」
 チリーンは、風鈴に似た自分の体を揺すり、風を起こす。全部を一気に鳴らすとキンキン嫌な音がしてしまうので、鳴らすときは少しずつ。チリーンは弱く風を起こす。一番小さなオレンジの風鈴が最初に小さくリンと鳴った。
「よっしゃ! これなら室内でも鳴らせそう」
 あまり強い風を起こすと風鈴がぶつかってしまうか落ちてしまうので、弱く弱く。チリーンは一度だけ、強く風を起こしたために小さな商品を壊してしまった事がある。慎重に風を起こしていくと、他の風鈴も小さな音を立ててリンリンと鳴ってきた。チリーンは嬉しくなったが、調子に乗るとまた風鈴を壊してしまう。このまま弱い風を起こし続ければ、そのうち全部の風鈴がなってくれるはず。そして、あの綺麗な音色が――

 ぱりん!

 背後の音に、チリーンはびっくりして、風を起こすのをやめた。後ろを見ると、ふすまの隙間から、皿の割れた破片が幾つか見えた。どうやら、皿を落としてしまったらしい。老夫婦の慌てる声が聞こえた。やがてホウキで床を掃く音が聞こえ、ガラス特有の鋭いカチカチという音も聞こえた。さらに掃除機のやかましい音も聞こえる。掃除機の音は苦手だ。チリーンは風鈴の尾をぴらぴらと自分の尾で揺らしながら、掃除機の音が終わるのを待った。グイーングイーンとやかましい音がようやく止むと、チリーンはほっとした。
 老夫婦は再びテレビに向かったようだ。笑い声が聞こえてくる。チリーンは再び、風鈴を鳴らそうと、びっくりして位置をうっかりずらしてしまったものを全部直した。危ない危ない。これ以上風で揺すると落ちてしまうかもしれない位置にある。これ以上風鈴を割るわけには――
 準備が整い、チリーンは、さあ鳴らすぞと意気込んだ。風を起こそうと尾を動かしたとたん、

 がんがん!

 店から音がした。チリーンが見ると、店のシャッターを誰かが叩いている。
「ゆーびんでーす!」
 なんだ、郵便配達か。チリーンは邪魔されて、頬を膨らませた。ふすまが開いて、老夫婦がともに姿を現し、シャッターを開ける。速達を受け取り、シャッターを閉めた後、夫婦はまた奥へ向かう。
「おや、チリーンじゃないの」
 老婦人がチリーンを見つけた。
「今日も風鈴が聞きたいのかい? 今日はお店が無いけどねえ」
 聞きたい。店にいるのもこのため。
「おや、聞きたそうだねえ。いつも風の無い日でも風鈴を鳴らしてくれてたものねえ」
 老婦人はチリーンを抱き上げた。といっても、元からチリーンは宙に浮いているのだが。
「よしよし、今日は店はやってないけど、特別だ」
 老人は嬉しそうに、辺りの風鈴をたくさん腕に吊り下げ、奥へ進む。そしてテレビを消し、天井から下がる物干し用の紐に風鈴を吊り下げていく。
「さ、風鈴を好きなだけ鳴らしなさい」
 チリーンは目をキラキラ輝かせた。嘘じゃなかろうか。だが、嘘ではなさそうだ。老夫婦はニコニコと優しく微笑んでいる。
 やったー! とチリーンは叫び、部屋の中に風を起こした。
 チリン、リンリン。風鈴は、美しい音色を立てて、鳴り始めた。