吹雪の日の散歩
「いいお天気ねえ〜」
ユキメノコは、吹き荒れる吹雪の中、のんびりと散歩している。
「この吹雪こそが、あたくしの大好きなお天気なのよねえ〜。太陽は苦手だわあ〜」
ポケモン渓谷の冬に必ず訪れる大吹雪。ビュウビュウ吹き荒れる吹雪は、耳を引きちぎってしまいそうなほどの強風と大雪を伴っている。立っていることすら不可能なほど激しい風と十秒足らずで全身が雪だるまになりそうなほどの大雪。
だがユキメノコにはこれがちょうどいい天気なのだ。
「いい気持ちだこと〜。風も気持ちがいいし、木の実でも持ってくればよかったかしらあ〜? お弁当を広げるにも最高の天気だと思うのに残念だわあ〜」
視界のきかない中を優雅に散歩するユキメノコは、前方に何か小さなものが盛り上がっているのを見つけた。
「あ〜ら、何かしらあ?」
掘ってみると、居眠り中のウリムーだった。深い体毛に覆われたその体の下には、木の実が蓄えてある。いびきをかいているウリムーが目覚める様子が無いので、ユキメノコはウリムーを埋め戻した。
「あ〜ら、お昼寝の邪魔してごめんなさいねえ〜」
またユキメノコが散歩を楽しんでいると、今度は奇妙な形のカタマリに出会う。ちょっと触ってみると、それは何かの像のようだった。激しい吹雪を食らって形が変わっているが、どうやら先日の晴れの日にポケモンたちが作った雪像らしかった。
「あららら〜。残念ねえ、どんな像なのか見てみたいわね〜。これだけ大きいんだからカビゴンさんでも作ってたのかしらあ?」
雪像の傍を通り過ぎてしばらく歩くと、見えてきたのはネイティの群れ。オレンの木を取り囲んで、無表情のまま木の周囲をぐるぐるひたすら回り続けている。
「何をやっているのかしらあ?」
ユキメノコは少し遠くからネイティを観察した。ネイティの群れは、しばらくオレンの木の周りをぐるぐる回り続けていた。だがいつまでたっても止める気配が無い。ユキメノコは飽きてしまい、歩き出していった。
「まあ、この渓谷いちばんの不思議ちゃんのネイティのことだから〜、何か儀式めいたことやってるんでしょうねえ」
ネイティのなぞめいた行動は皆そろって「儀式」とひとくくりにされている。ネイティが何を考えてそんななぞめいた行動を取っているのか、誰もわからないからだ。だがネイティが何かをすると必ず何かしら後で起こるので、皆そろって「儀式」と呼ぶようになった。
ユキメノコはさらに先に進んでみる。吹雪が激しさを増し、目を開けることすら困難な暴風雪。なのにユキメノコは平然と歩いている。
「あらまあまあ」
今度は、こんもりと盛り上がったかまくら。その後ろには大きな枯れ木。この枯れ木のうろを包み込むような形のかまくらだ。ユキメノコは興味を抱き、そのかまくらの入り口を覗き込んでみる。
「あらあら」
かまくらの奥に、木のうろが見える。うずたかく落ち葉が積まれたその奥に、寒がりのブースターが寝ているのが見える。が、よく目を凝らしてみると、その毛皮に包まれた体は小刻みにプルプル震えている。かまくらであるていど風を防いでいるとはいえ、このブースターはかなりの寒がり。足に怪我をして南下を諦めたとは聞いていたが、毎年こんな寒い思いをして春を待っているのだと知ると……
「春までには後三つくらい大吹雪がこなければならないはずだし、まだまだ先ねえ〜。いっそ凍ってしまったほうが幸せじゃないかしらあ?」
かまくらの入り口を固めなおし、ユキメノコは歩き出した。
「今日はいい日だったわねえ〜」
住まいは渓谷の西の外れにある巨大な洞窟。この場所だけ、氷に閉ざされている。この渓谷ができたころに最初に住み着いた氷ポケモンたちが作り上げたという。夏でも氷は溶けないので、涼みに来たり氷を食べに来るポケモンたちもいる。
ユキメノコは、洞窟の中にも吹き込んでくる雪の塊を見ながら、
「でも、明日は晴れそうねえ〜」
視界のまったく利かない猛吹雪に向かって、呟いた。
「毎日吹雪なら嬉しいんだけどな〜。夏は苦手なのよね〜」
ユキメノコが散歩した翌朝、昨日の吹雪はどこへやら、まぶしい太陽が辺りを照らし、雪雲はどこかへ去って姿を見せていない。目覚めたポケモンたちが、雪像を作ったり雪合戦をしたり間欠泉で遊んだり、はしゃぎまわっている。
「あーあ。今日は晴れちゃったわね〜」
ユキメノコは洞窟の中で残念そうに呟いた。
「早く吹雪いてくれないものかしら〜。冬の間だけなのよね〜、あたくしが外へ堂々と遊びに行けるのは〜」
冬はまだ半ば。春が来るのはまだまだ先だ。だが、冬は氷ポケモンたちが喜んで外へ出て行ける唯一の季節。この世界が年がら年中雪と氷に閉ざされていればいいのだが、このポケモン渓谷は四季がはっきりしているので、贅沢はいえない。北極や南極に行く手もあるが、美味い木の実が食べられるのはここしかない。
「まあいいわあ。来年の冬がもっと寒くなってくれるのを待てばいいんだものお」
ユキメノコが洞窟の中で雪風を巻き起こしていると、奥からルージュラがよちよち出てきた。ユキメノコは雪を撒き散らすのをやめ、声をかけた。
「あ〜らルージュラの奥様! ごきげんよう」
「あらあら、お散歩にはいらっしゃらないんですの?」
「あいにくこんなお天気なんですの〜。ですが昨日は楽しんできましてよ。あの猛吹雪がよろしいんですのよ! とてもすばらしいお天気でしたわ〜、奥様もいらっしゃればよろしかったのに。お誘いできなくて本当に残念でしたわ〜」
「あらそうなの、でもねえ、アタクシも昨日は子供たちの面倒を見なくちゃならなかったんですの。子供たちも散歩させたかったけど、眠いって聞かないんですのよ」
「まあ! 今度は皆さんで散歩にいらっしゃいな〜。あんな素晴らしい吹雪、もうお目にかかれないかもしれませんわあ」
ユキメノコとルージュラが話に花を咲かせている間も、太陽が雪をまぶしく照らし、目覚めたポケモンたちは雪合戦とゆきだるま作りに熱中し続けたのだった。