波導



 ルカリオは波導を放った。
 その等身の二倍以上はあろう巨大な岩が、波導の一撃で、粉みじんに砕けてしまった。
「わー」
 リオルは、思わず驚愕の声を上げた。バラバラと地面へ降り注ぐ岩の欠片を見つめる。
「すごいや! あんなに簡単に岩が壊れるんだねっ。ぼくも撃ちたい!」
「お前にはまだ無理だ」
 ルカリオは首を振る。リオルはふくれっつらをする。
「いっつもそう言う! ぼくだって毎日波導を練る修行してるのに」
「将来は、必ず撃てるようになる。が、今のお前では無理だ。どれほど修行を積もうともな」
 言われて、リオルは気を練る。見返してやるつもりのようだ。練るところまでは上手くいっている。だが、波導をいざ放つところで、ポンと波導は弾けてしまい、練った気は散った。
「お前の体には、まだ波導を撃つための十分なコントロール能力が備わっていないのだ。だから、地道に修行を重ねて、私と同等にまで成長できて、初めて波導が撃てる。慌てるでない」
「でもさ」
「今は、地道に修行あるのみ。たとえ今のお前で成果が出せなくとも、将来、その下積みが無駄になることなどないぞ」
 そういわれても、リオルはいますぐにでも波導を撃ちたくて仕方なかった。日々重ねてきた修行はそのためのものだからだ。しかし、今のリオルでは撃てないという。
「今のぼくじゃ、どうしてもだめなの?」
「どうしても」
 ルカリオは否定しなかった。
「確かに今は撃てないが、お前は波導を練る修行をこなしてきたようだな」
「うん」
「では聞こうか」
「何を?」
「お前がどのくらい波導を身につけているかということを」
 ルカリオは一呼吸おいて、問うた。
「お前は、辺りの存在の波導を感じ取る事はできるか?」
「うん」
 リオルは耳を動かす。辺りに広がる花畑と、その向こうにある小さな林。その林からポケモンの波導を感じ取れる。そのポケモンが綺麗な花をつんで喜んでいる。
「そうか。それでは、これは感じ取れるか?」
 ルカリオは、足元の小石を拾う。ただの小石。
「ただの石だね。何にも感じ取れないや」
 リオルは首をふった。ルカリオはその表情を見て、目を閉じた。
「お前は未熟だな」
「えっ、どうして。ただの石じゃないの」
 驚くリオルに、ルカリオは、拾った小石に手をかざす。
「確かにこれはただの小石。だが小石それ自体が存在する限り、波導はある。お前は、大きな波導を撃つ事ばかり考えて修行しているから、身の回りにある小さな波導を読み取れなくなってきているのだ」
 リオルがじっと集中してみると、確かに、小石から波導を感じ取る事ができた。が、感じ取る事が出来るか否かという非常に弱々しいものだった。
「でも、こんな石ころの波導を感じ取る事が、波導を放つのにそんなに大事なの?」
「大事だとも」
 ルカリオは小石を地面の上に戻す。
「様々な生き物が波導を有している。同時に、このような無機物でもごく弱い波導を有している。己の波導が全ての力の源ではないのだ。あらゆる存在から発される波導、それらの力を少しずつ借りる事で、己の波導はより強化される。己一人だけで戦っているのではないのだ。お前はそれを理解できていない」
「……」
「たかが石ころと軽視せず、周りのあらゆるものに敬意を払うのだ。己以外を取るに足らぬものと捉えてはならないのだ。お前に足りないのは、肉体的な面だけでなく、常に周りへ気配りをする配慮、そして力を貸してくれるあらゆる存在に対する感謝の心だ」
 いっぺんに言われても良く分からない。リオルの目を見てルカリオは言葉を切った。
「私の言葉は、今はわからないかもしれんが、近い将来、理解できるときが来る。その時までに、己を磨き続けるがいい。己に足らぬ面を、特にな」
 ルカリオは、近くの岩の上で瞑想に入った。リオルはしばらくルカリオを見つめていたが、やがて、花畑に向かって駆け出していった。