春風の音色



 春が訪れた。
 カレンダーは三月から四月へと変わる。
 街角では春のファッションが早くもショーウインドウを飾り、町を行きかう女性達がそれを眺めていく。街路樹には若い芽が小さな葉を出し、枝にはポッポがとまる。
 街に住むポケモンたちは、寒い冬をめいめいの場所で過ごし、冬眠した。そして、まだ少し冷たいが春風が吹いてくるころに、めいめい、外に出てきた。
「おはよー」
 雪が溶けて、草の生えてきた空き地に、集まってくるポケモンたち。
「やっと春が来たね」
 ぶるっと身を震わせ、ポチエナが鼻を鳴らす。
「でも風が冷たいね」
「そりゃそうだ。でも、だんだんあったかくなってくるよ」
 毛を少し逆立てて、イーブイは尻尾を体に巻きつけた。まだ寒いのだ。空は太陽が昇って、暖かな日差しでもって地上を照らしている。それでも、まだ風は冷たかった。
「お店の中に、春の果物が並んでたよ」
 商店街の近くにある食堂の裏手に住んでいるジグザグマ。よく食堂の残り物をもらっている。今日は果物を貰ったようだ。毛の所々に、りんごの皮のかけらがついている。
「そろそろ、デザートのフルーツパフェが安くなるかもね」
「ばかだなあ。店の品物の値段に変化はないよ」
「だって、あの店の果物は自家栽培だもの。季節によって、パフェに載る果物は違うよ。だから値段もちょっとずつ変わっちゃうの」
 ジグザグマはぺろりと舌なめずりした後、ぶるっと体をふるった。その拍子に、りんごのかけらや皮のかけらが、ぽろぽろと落ちた。
 耳の裏を掻いていたエネコは、尻尾を動かし、伸びをした。
「ふああああ。眠いねえ」
 陽だまりの中へ行き、敷かれているビニールシートの上に寝転がる。そして、すぐ寝息を立て始めた。まだ午後になっていないというのに。
 近くの側溝から、ゴクリンが這い上がってきた。どうやら、暖かい日差しに当たりたいらしい。エネコの近くまで這いずってきたが、如何せん側溝の臭いに耐えられず、エネコは起き上がって逃げた。
「寝るよりさ、体、洗いなよ」
 ポチエナは鼻をひくひくさせる。ゴクリンは体をぷくっと風船のように膨らませたが、近くの池に入った。
「わあ、冷たい」
 それでも上がってきたときには、側溝の臭いはだいぶ取れていた。寒そうだったが。
 ゴクリンが陽だまりで暖まっているとき、またエネコが戻ってきた。自分の寝ていた場所にゴクリンが寝ているのを見つけると、腹を立てたのか、毛を逆立てる。しかし、爪を立てることはなかった。腹立たしげに尻尾を振り続けるだけだった。
 商店街のショーウインドウを眺めてきたガーディが、空き地へ入ってきた。飼われているポケモンだが、外出は自由なので、よく空き地へ遊びに来るのだ。
「やあ、みんな。今年の春のファッションは、ピンクが主流になるんだってさ」
 なぜかファッションの流行に詳しい。服を着ないポケモンたちにはどうでもいいことだが、報告はしていきたいらしかった。
「ピンクねえ」
 ポチエナとイーブイは、エネコを見る。エネコは、見られているのに気づいたが、今は、ゴクリンを何とかして、日の当たる場所からどかしてやろうと策を練っているようだった。一度振り返っただけでまたゴクリンの方を向いたのだから。
「それより、また食堂行かない? おこぼれ貰える頃だから」
 ジグザグマは、目を瞬きさせた。ポチエナは尻尾を振った。
「それいいな! 今日の日替わり定食は?」
「唐揚げとサラダとご飯。お味噌汁もついてくるよ」
「味噌汁! オレ、麩が大好きなんだ! 貰える?」
「たぶんね」
「じゃ、行こう行こう。腹減ったよ」
 ジグザグマとポチエナが走っていった。
 ガーディは、イーブイの隣に座る。
「すっかり春になってきたよねえ」
「そうだね。もうちょっとで風もあったかくなるよね」
 優しい日差しに照らされて、暖かな風が優しく吹いてきた。
 春は、これからゆっくりと、町を散歩していくのだ。