引越し



 引越しをする事になった。
 引越しと言っても、家具を全部運び出して、運送業者に運んでもらうという人間の方法をとるわけではない。今住んでいる、墓地付近の空き家の雨漏りがひどくなってきたので、別の空き家か廃ビルを探す事にしたのだ。穴だらけのソファが寝具だったが、最近はゴミ捨て場でかわいい花柄のボロボロクッションを手に入れたので、そちらをメインに使うようになった。

 さて、気に入りのボロボロクッションを持ったゴーストは、空き家に別れを告げた。
「さあてと。どこか住みよい場所はないものかねえ。暗くて、静かで、雨漏りもあまりなくて、風も適度に防げて……」
 町の廃工場は、他のポケモンたちが大勢住み着いていて、うるさくて仕方ない。地下水道はじめじめする上、時折下水が流れるのでうるさい。目をつけていた廃ビルは、数日前に解体されてしまった。
「なかなか無いもんだねえ」
 ゴーストは、ためいきをついて、公園のブランコにクッションを置いて、その上に座る。夕暮れになってしまった。住処へ帰るヤミカラスの群れが空を飛んでいくのが見える。この公園にも、ポケモンは住んでいる。もうしばらくすると、戻ってくるだろう。
 しばらくブランコを揺らしながら、ゴーストは考える。
「トレーナーでいっぱいだろうけど、ポケモンセンターの倉庫にでも行こうか。ねだれば、ポケモンフードももらえるかもしれんし」
 クッションを抱えなおして、町のポケモンセンターに行く。裏口から入ると、ちょうど、倉庫へ薬を取りにきたらしいラッキーが、様々な薬品の入った箱を一つ、短い腕で持ち上げて、また出て行くのが見えた。
 薬の保管用に、この場所は少し冷たい。ポケモンの手当用の薬を保管するための場所なのだから、薬が熱などで成分変化しないようにするためだろう。
「ここ、いいかもしれないな」
 ゴーストは、倉庫をひとめぐりして、少し肌寒さを感じる部屋の隅を選んだ。幅広の棚が置かれ、様々な薬品が並ぶ。その棚の上にクッションを乗せて寝転んだ。
「ああ、きもちいい。雨風しのげるし、ちゃんとした住処が見つかるまではここで暮らそうかな」
 そのうち、うつらうつらし始めた。ボロボロクッションの上で、ゴーストはいつのまにか眠ってしまっていた。
「ぐう」

 目を覚ましたとき、倉庫の中は静かだった。もちろん、用がなければ誰もこない場所なのだから、静かなのは当たり前だが。
 空腹になったので、ゴーストは何か食べるものを探しに出かけることにした。
「お、ちょうど夜中みたいだな」
 廊下の電気はついていない。
「食糧倉庫でも探すか」
 あちこちの部屋をのぞいてみるが、見当違いの場所ばかり。掃除用具入れ、毛布用倉庫、機械室、などなど。
「腹減ったなあ」
 ゴーストはそのままあちこちの部屋をのぞいていく。
「お!」
 喜びの声を上げる。
 暗闇の中に、食べ物のにおいのする箱がいくつも重なっているのが見えたからだ。箱の一つを開いてみると、その中には、じゃがいもが入っている。別の箱を開けてみると、たまねぎが入っている。
 ゴーストは片っ端から箱を開けては閉じていく。なかなか美味しそうなものがない。が、最後の箱を開けてみると、その中には、おいしそうな果物が詰まっている。
「やりい! いただき!」
 ゴーストは有頂天になって果物を爪で掴んだ。
 しばらく、果物をかじる音が食糧倉庫から聞こえてきた。やがて、果物の食べかすや皮が床に散らかっていく。
「ふう。食った食った。げふ」
 ゴーストはげっぷをしてから、床に散らかったゴミを片付けた。ちゃんと蓋を閉じて元のように片付けた後、また倉庫まで戻り、ボロボロクッションの上に寝転がった。

 何かにつつかれて、ゴーストは目を開けた。同時にクッションから転がり落ちるも、かろうじて床に頭を打つことだけは免れた。
 ポケモンセンターに勤めるラッキーが、ゴーストをモップでつついていたのだ。
「な、なにすんだよ」
 ゴーストはラッキーに食って掛かるが、ラッキーはモップでゴーストの頭を叩く。
「何言ってんの! 食料庫荒らしの癖に!」
 そしてラッキーは、ゴーストを引っぱる。
「んもー! 箱半分も食べちゃって、どうしてくれるの! ジャガイモやたまねぎなんかの野菜は残して果物だけ食べてくれちゃってまあ! トレーナーさんに出すごはんもかねてるのよ! それにねえ――」
 延々とラッキーの説教は続いた。

 食べた果物のぶん、ゴーストがポケモンセンターの臨時アシスタントとして働かされたのは、言うまでもない。
 その後、ゴーストは自分のボロボロクッションを抱えて、元の墓場の廃屋に戻り、雨漏りのある箇所を修理して再びそこで眠り始めたのだった。