イーブイと花粉症



「う〜ん、う〜ん」
 毛皮の薄汚れた野良イーブイは、唸り声をあげていた。
「ばだが、づばっだあああ!」
 春名物の花粉症。
「いばばでごんなごど、ながっだどりぃー」
 滝のごとく流れる鼻水。止まらないくしゃみ。止まったと思ったら今度は長く詰まっている鼻孔。イーブイはポケモンセンターへ歩きながらも、くしゃみを続けていた。
「ばざが、ぼぐばで、がぶんじょーり、なるなんでえええ。ふえっくしょーい!」
 やっとこさたどりついたポケモンセンター。
「あらあら、貴方も花粉症?」
 ラッキーに聞かれ、イーブイは首をかしげ、盛大にくしゃみした。
「へ?」
「だって、さっきから来るポケモンたち、みんなそろって、花粉症なのよ。もちろんトレーナーさんたちも、何割かは花粉症なの。この季節はホントに、この症状が名物なのよねえ。秋と冬もそうなんだけど……ブタクサとかイネとか……」
 奥を見ると、くしゃみや、洟をすする音がひっきりなしに聞こえてくる。
「貴方ほどじゃないけど、みんな花粉症がひどいのよねえ。ハイ、おくすり飲んで」
「にがい……」
 ラッキーが皿に注いだ水薬を、イーブイは舌先で舐めてみるが、その苦さに思わず舌を引っ込めた。木の実の苦さや野菜の苦さとは比べ物にならない。舌にじんわり広がる、鈍い刺激。何と形容したらいいか分からないが、とにかく苦いということだけしか、イーブイの舌は感じとらなかった。鼻が詰まって、においを感じ取れなかったというのに……。
「ごで、ぼんどり、ぎぐど?」
「効くのかって、そりゃ効果ばつぐんですよ! 良薬は口に苦しと言いますからね。さあ、ちゃんと全部飲んでくださいね」
 ことわざが本当なのかどうかは、わからない。とりあえず信じてみる事にし、イーブイは苦いのを我慢して、三十分もかけて薬を飲みほした。
「はい、これで大丈夫。しばらく経ったら眠くなるから、それだけ気をつけて下さいね。効き目は強いんだけど、そのぶん眠気も強いんですよお。眠ったまま歩いて車にひかれないようにね」
「あでいがど。ふえっくしょーい!」
 イーブイは礼を言って、ポケモンセンターを後にした。
 ぽかぽかと日の照る、土手道を歩いていく。植えられている桜は、徐々に咲き始めている。今年は冬が長かった。気温があがってきたのはつい最近、桜の開花は、今年は遅れているのだ。
 が、今のイーブイは、桜などどうでもよかった。
「ぼんどび、ぎいでるどがな……」
 まだ鼻がつまっている。もちろん、薬がすぐに効くとは限らないので、地道に待つしかない。
 まだ昼間だが、歩いているうちに眠くなってきた。いつも寝泊まりしている、廃ビルの方へ向かい、のろのろ歩く。途中、ジャノビーとツタージャの兄妹が土手に座っているのを見つける。彼らは、公園の外れで食べる桜餅の話ばかりしており、イーブイに気が付いていなかった。
「あ、ぢょっどば、らぐでぃ、だっでぎだがだ……」
 滝のように流れる鼻水は止まったが、今度は鼻がつまりっぱなしになり、イーブイは息苦しかった。それをなんとか我慢して、やっと住まいへとたどり着く。廃ビルの階段を上がり、
「ふうー、づいだー」
 古い毛布が押し込んである、古びた段ボールの箱。そこがイーブイの寝どこだ。
 毛布のすみっこで洟をかむ。少しは鼻の通りが良くなった。
「ねむい……」
 イーブイは毛布にくるまって、すぐ目を閉じた。自分の鼻がなかば詰まっている事など気にもかけずに瞼を閉じた。ほんの少しだけ、昼寝しよう。そう思って。
 ……。
 はっと目を開けるイーブイ。
「アッ、寝すぎた……!」
 周りはもう既に暗くなっており、割れたガラスから外を覗くと、街灯の光が町を照らしているのが見えた。西のビル群付近の空がわずかに赤みを残しており、空は夜の帳が覆ってしまっている。
「もう夜じゃん! ほんのちょっとだけ寝るつもりだったのに!」
 そこでイーブイは気がついた。
 鼻孔がスッキリしていることに!
「やったー! 薬が効いたんだ!」
 イーブイは飛びまわって大喜びした。
「でも、夜になっちゃったし、たっぷり寝たからなあ」
 遊べないではないか。そして何より、
「寝られるかな、これから……」
 イーブイの心配をよそに、東の空から三日月が顔を出した。
 夜中ごろ、薬がまた効いてきたのか、イーブイは眠りに落ちる事が出来た。

 翌日。
 ポケモンセンターにまた来たイーブイに、ラッキーは問うた。
「あらあら、あのお鼻の薬、効かなかったの?」
「ううん。ちゃんと効いたよ」
 イーブイはしょげかえっている。
「でもさ」
 顔をあげたイーブイは、
「今度は目がかゆいんだよおおおおおお!」
 こすり過ぎて真っ赤になった両眼から涙を流し、ラッキーに訴えたのだった……。
「あらあら、今度は目をやられたのね。じゃ今度は、この目薬を」
「うえーん……。もう薬はやだあ」
 イーブイの花粉症地獄は、これから始まったばかりなのだ。