除夜の鐘
「冷えるッス!」
ヒトモシはぶるっと震えながら、部屋の奥へ引っ込んだ。
「でも除夜の鐘を突くのは見たいッス!」
だが、除夜の鐘を突くのは夜になってから。まだ真昼間だ。
「早く夜になってほしいッスね!」
昼寝しようかと思ったが、今寝ても起きるのは夕方ごろだ。まだまだ、除夜の鐘の時間にはほどとおい。
「墓場でお話でもするッスかねー」
しかしヒトモシが外へ出ようとすると、冷たい風が吹きつけてきたので、慌ててヒトモシはひっこんだ。このヒトモシ、寒いのが苦手なのだ。風に吹かれた、頭の上にともした青白い火がゆらいでいるが、さすがに消えはしない。だが火が小さくなるほど、このヒトモシの体調は悪くなる。今、ヒトモシの火は小さい。
「たまんない寒さッス! やっぱり外に出るのいやッス! 座布団の上で寝るッス!」
何度もこがした自分の座布団を引っ張り出し、ヒトモシはその上に乗る。よい寝心地の座布団に乗っただけで、たちまち眠気が襲ってきて、ヒトモシは眠りこけてしまった。
「ぐぅー」
「もう大晦日じゃないか。早いもんだなあ」
廃ビルの一室で、スリープはキズもののりんごをかじりながら外を見る。昼を過ぎてから粉雪が降り始めた。空気の臭いを嗅ぐかぎりでは、夜が来るまでにはやむであろう。
「そうなると夜には除夜の鐘を突く、と……。あれは勘弁してもらいてえなあ。うるさくて眠れやしない」
どのみち、雪が降っていようとも、除夜の鐘は突かれるのだ。
「耳をふさいで寝るしかないかなあ」
その時、壁を通り抜けて、ゴーストが飛び込んできた。
「へーい、おっちゃん! 相変わらずシケた顔してるねえ!」
「そりゃあシケた顔にもなるさ。今日は何の日か知ってるだろう?」
「大晦日だよな。あっ、そうか。おっちゃん、除夜の鐘が嫌いだっけか」
「その通り。あのうるさいのが嫌なんだよ。この町の何処へ引っ越しても、あの鐘の音だけは届いてしまうからなあ。耳をふさいで寝ようかと考えていたところだ」
「へーん。それも無駄だよ。地下にでも潜れよ、いっそ」
ゴーストは、箱の上に乗っているイカの足を一本つまんで口に入れた。
「おっちゃん、酒ねえか?」
「おう、ここにあるぜ。一杯やるか? 年末、最後の一杯だ。これ飲んだら、俺はもう寝るかんな。邪魔すんなよ、ゴースト」
「おっけー。じゃ、かんぱーい」
日本酒のカップ二つに、安酒が注がれた。
「あー、もう年末か」
野良イーブイは、後ろ脚で耳の後ろをかいた。時刻はもう夕方だ、空をわたるヤミカラスの群れが見える。
「そろそろポケモンセンターへ行ってごはんをもらおうか。それが終わったら、除夜の鐘を聞きながら寝てしまおう」
毛の薄汚れたイーブイは、軽い足取りで、寒い中、裏道を通ってポケモンセンターへと向かったのであった。ラッキーに餌をもらったが、看護ポケモン見習いのタブンネに無理やり体を洗われた。体がおそろしく綺麗になったところで、イーブイは洗い方の乱暴さに耐えきれず、逃げ出してしまった。
「あーあ、ひどいめにあったよ、まったく」
体を洗ってもらったのはよかったが、タブンネの洗い方は無理やりすぎた。イーブイは毛をひっぱられまくり、矢も楯もたまらず風呂場から逃亡したのであった。
「うう、毛皮が濡れて寒いや……」
住処にしている廃ビルに逃げ込み、イーブイはぶるぶると毛皮を振るって水けを落とし、傍に落ちていたぼろぼろの毛布で体を拭いた。洗いたての毛皮にごみがついたが、イーブイは気にしなかった。
ゴーン。
「あっ、除夜の鐘!」
イーブイは思わず毛布から身を起こした。町に響き渡る除夜の鐘の音だ。
「あっ、またこがしたっ」
ヒトモシは目覚めるや否や、目の前の光景を見てぎょっとした。自分の火が、また座布団を焦がしたのだ。幸い、燃え上がるほどではないので、ヒトモシはぱっぱとその箇所をなでさすって火を消した。もっと長く寝ていたら、座布団の焦げから広まった小さな火が寺に移るところだった。
「起きられてよかったッス! ところで今何時ッスかね」
ゴーン。
寺に響き渡る鐘の音と外の暗さで、ヒトモシは思い出した。
「忘れてたッス! 除夜の鐘が鳴ってる時間ッス!」
それを聞くのを楽しみにしているヒトモシ。
「もう何回鳴ったッスかね?」
時計を見ると、もう突き始めた時間をすぎている。たぶん、このペースだと十回以上は鳴っているはずだ。
「寝過ごしてはいないみたいッスね。とにかく外へ」
座布団から這い出て、ヒトモシは急いで外へ向かった。
「おお、やってるッス!」
大勢の人々が寺に押し掛けている。
「さ、除夜の鐘を聞くッス!」
ヒトモシは寺の入り口に置かれた石の上に陣取り、寺の僧侶が鐘を突くのをじっと眺めていた。
「あけまして、おめでとうッス!」