花粉症の季節



「花粉症の季節だね」
 町行く人々、皆がマスクをつけている。くしゃみがひっきりなしに聞こえてきて、街頭で配られるポケットティッシュはあっという間に減っていく。
「スギの木とかの花粉が飛んでくるんだってさ、山のほうから」
 ポチエナは、身震いした。隣を歩くガーディはふんふんと空気を嗅いだ。
「桜もそろそろ咲いてきたけど、人間にとっちゃつらい季節だよねえ。せっかくの暖かい日で、風もちょっと吹いているのに、涙で前が見えないんだからさ」
「田舎のほうはどうなんだろうねえ。木が多いだろうから、やっぱり花粉症に悩まされるのかな」
「さあねえ」
 定食屋に立ち寄る。裏口で催促の鳴き声を出すと、すぐにドアが開いた。
 ポチエナとガーディは思わず口をあんぐり開けた。
 なぜって、定食屋の店主がマスクをつけていたから。
「おお、来たか、ふあっくしょ! ああ、すまんね。こいつは花粉症じゃなくてただの風邪なんだよ。店は今、娘にまかしてある。いやなに、今日寝れば、明日には回復するとも!」
 味噌汁に入れる麩をたくさんくれた後、店主はさっさと奥へ引っ込んだ。
「……風邪なら寝てればいいのに」
「そうはいかないんだろうね、事情があって」
 店内から、店主が彼の娘になにやら指示する声が聞こえてきた。ポチエナは店の空気を嗅いだ。
「娘さん、最近つとめてた会社が倒産したもんだから戻ってきたんだよ。で、今はこのお店をつぐ修行中ってわけ。おやじさん、お店の事がとっても心配で夜も眠れないっぽいよ?」
「そりゃお店のこと、ほっとけないよね。なんだっけ、二十年以上も続けてるんだよね、このお店」
「そうそう。ここがつぶれちまったら、オイラ食うとこ無くしちゃうよ! ポケモンフードより何倍も美味いんだぜ、このお店の麩! 麩だよ、麩!」
 麩を食べてしまうと、また歩き出した。

 商店街からはひっきりなしにくしゃみが聞こえてくる。
「毎年恒例だよね」
「うん」
 幸いポケモンは花粉症にはならない。そのため、スギ花粉で目がかゆくなったりひっきりなしに鼻水やくしゃみが出てしまう、ニンゲンの苦しみようは分からない。これがいいことなのか、悪いことなのか。商店街のはずれにある小さな診療所の傍を通ると、小さな耳鼻科なのに、駐車場と自転車置き場にはたくさんの車と自転車が目に入る。
「あれ見ろよ。すごいよな」
「ほんとだ! すごいよ、あの駐車場」
 この小さな診療所ですらたくさん患者が来ている。狭い待合室にたくさんの人がギュウギュウ詰めになって診察を待っているに違いない。これだけたくさん車と自転車があるのだ、市役所の傍にある大きな病院は、それ以上にたくさんの人が来ているだろう。二匹が診療所の前を通り過ぎた後も、マスクをつけた人間が何人か、診療所のドアをくぐっていった。
「すげーよなー、花粉症って。風邪とどう違うんだろう」
 ポチエナは尻尾を振って、行きかう人を眺めた。服は最近流行になりはじめたものが多いが、その顔はマスクに覆われている。
「春はあったかいし、服のファッションも新しくなるけどさ、顔のアクセサリーがこれじゃ飽きるよね。マスクばっか」
 ガーディは鼻を鳴らして、耳の後ろをかいた。
「ま、花粉症の季節が過ぎるまで、待つしかないよね」

 ビュウ!

 強い風が吹いてきて、スギの花粉が風に乗って飛んでくるのが見えた。黄色っぽい粉が、ガーディの目にも、ポチエナの目にも映った。
「すげー、あれが花粉なんだ!」
「あれを吸ったらトンデモないことになるんだねえ」
 のんきにしゃべった後、二匹は公園に向かって歩いていった。
「人間て、大変だねえ」