花粉症のきざし



「はーくしょーいっ!」
 末っ子ピチューは、大きなくしゃみをひとつした。
 雪が溶け、気温が上がり、温かな風が吹き始めたころのことだ。
 くしゃみ、鼻水、目のかゆみ。一斉に現れたのだ。
「かふんしょう、いやでチューッ!」
 花粉症という言葉が、ポケモン渓谷で使われ始めた。その理由は、ヨルノズクが十年以上前に広めたからだった。物知り博士として知られるヨルノズクは、人間たちの使う言葉を正確に理解して記憶し、ポケモン渓谷で広めるのである。そしてポケモンたちが言葉を使い始める、というわけ。

 スギを初めとした樹木から飛び出す花粉によるアレルギー症状はポケモンたちにも発生する。
「うわああああん! ふえっくしょい! 目が、目がかゆいでチューッ! はっくしょーい!」
 末っ子ピチューは泣きながらひっきりなしにくしゃみをし、葉っぱで洟をかみ、目をこすっている。おかげで目がだんだん赤くなってきた。かいてはいけないとわかってはいるのに、どうしても目がかゆくて仕方ない。
 川で何度も目を洗い、うがいをした。だが、かゆみが収まるのは一時的なものだ。
 末っ子ピチューが泣きながら目を洗っていると、
「これこれ、どうしたんじゃ」
 ヨルノズクが、ピチューを見つけて、降りてきた。川の水からがばっと顔をあげたピチューは、べそべそ泣きながら、
「ものしりはかせぇ……かふんしょう、嫌いでチュ……」
 派手にくしゃみをした。
 ヨルノズクは、しばらく首をかしげた。ピチューの花粉症がひどいことは明白。何とか症状を和らげようと、ピチューなりに考えて川で目を洗っている。やがてヨルノズクは言った。
「ピチューよ、いいこと教えてやるぞい」
「何でチュ? はーくしょっ!」
「花粉症の症状を和らげる方法じゃよ。知りたいじゃろ」
「知りたいでチュ! はくしょっ!」

 ヨルノズクが教えたのは、オボンの実とその若葉を煮詰めて、その汁を一息に飲み干すというものであった。煮詰めるというのが何をするのか分からなかったが、教えてもらい、さっそくピチューは材料集めをした。オボンの実を集め、柔らかな若葉を探してちぎりとって、よく洗う。以前、川から流れてきたのを拾った金属の洗面器に水を満たして、近くを通りかかったロコンに、枯れ枝を集めて作った薪に火をつけてもらった。
「あとは、沸騰するのを待つでチュ。はーっくしょーっ!」
 川の傍で、洗面器の水が沸騰するのを待つ間に、ピチューは十回も顔を洗った。
 オボンの実と若葉を洗面器に放り込む。グラグラと沸いている湯は、しばらくすると緑に変わる。若葉の色がにじみ出てきたのだ。ピチューは、湯から漂ってくるキツイ葉っぱの香りを嗅いだが、鼻がつまっているので、あまりよくわからない。オボンの若葉のにおいだ、くらいにしか思わなかった。本当はその数倍以上のキツさなのだが。
 ピチューは、落ちている葉っぱで洟をかんだ。それから、洗面器を見る。湯がだいぶ減っており、煮られているものは柔らかくなっている。辺りには、オボンのきついにおいが漂っているのだが、あいにく鼻の詰まったピチューにはわからない。
「そろそろよさそうでチュ」
 水をかけて火を消す。ぐらぐら煮立った緑の汁。葉っぱで作った間に合わせのコップで少しすくいとり、フウフウ息をふきかけて少しだけ冷ます。
「これを、一気に飲み干せば――」
 しかし、見た目からして、まず苦そうだ。だが文句を言ってはいられない。花粉症とおさらばするためにも!
 ピチューは、口にその緑の汁を入れた。
「!!!!!」
 鼻がつまって味がよくわからなかったはずなのに、口の中へと広がっていく、想像を絶する苦さ。舌をつきさす痛みも手伝い、呑み込むのも一苦労。それでも、
「むぐうううう!」
 ピチューはごっくんと飲み込んだ。

「ものしりはかせー」
 ピチューは、翌朝はやく、ヨルノズクの元へと駆けて行った。ヨルノズクはちょうど起きたばかりで、巣穴ら顔を出したところ。
「おお、なんじゃ。朝も早くから」
「あのねあのね、かふんしょう治ったでチュ! おハナもスッキリだし、目もかゆくないし、くしゃみもほとんど出ないし! ものしりはかせのおかげでチュ!」
「オオ、それは良かったのお!」
「うん、ありがとうでチュ!」
 ピチューが走り去ったあと、ヨルノズクは盛大にくしゃみをした。
「やれやれ、わしも花粉症かい……」
 ポケモン渓谷に、花粉を載せた春風がふきはじめた。
 これからポケモン渓谷に、本格的な花粉症が訪れる……。