こがらし



 木枯らしが吹く。もうポケモン渓谷は晩秋だ。
「ぶるっ。さぶいね」
 全身をふさふさとした体毛に覆われているのに、寒がりなブースターは毛を逆立てた。木の枝についている木の葉は、木枯らしに吹かれて、一枚、また一枚と地面へ落ちてゆく。
「ふうっ、でもそんなに寒くないよ?」
 隣を歩くウリムー。小さな体だが、氷タイプゆえか、ブースターほど寒がってはいない。むしろ眠そうだ。これから穴倉へ戻って木の実を詰め込み、眠るのだろう。
「そりゃ君は平気だろうけどさ、ボクは寒いよ」
 ブースターはぶるっと身を震わせる。木枯らしが体を撫でさすったので、余計にぶるぶると体が震える。
「ところで」
 ウリムーは木の根をかじる。
「こないだはシーヤの実がたくさん落ちてたね。豊作だったのかな」
「シーヤの木の周りで、ネイティが春先にダンスしてたのを見たよ。たぶん、ネイティのおまじないなんかじゃないの?」
 ネイティの群れは、ポケモン渓谷の樫の木だけにしか住んでいない。ネイティは何を考えているのか分からない所がある。普段から、一言二言しか喋らないか、同じ言葉ばかりを繰り返しているので、相手が何を考えているのか、こちらは汲み取ることが出来ない。しかし、ネイティが何かやりだすと、後に必ず何らかの形で結果が現れることは、渓谷の皆が知っている。今年の春は、ネイティがシーヤの木の周りで踊りを踊っていた。豊作のまじないだったのだろう。もちろん、結果として秋にたわわにシーヤの実がなったので、渓谷の皆は食べきれないほどシーヤの実を穴倉へ運び、食べることが出来た。それでもまだシーヤの実は木の枝にいくつか引っかかっているが、これは今、ネイティが食べている。
「来年はどこで何をしてくれるんだろうね」
「さーねえ」
 木枯らしが枯れ草を撫で、枯れ草はカサカサと音を立てる。夕暮れが近いので、辺りは少しずつ暗くなり始める。
「もう夜になったの?」
「まさか。日が沈むのが早いだけさ、ぶるっ」
 ブースターはより一層毛を逆立てて、何とか暖を取ろうとする。ふさふさとした体毛が、よりいっそうふさふさになる。それでもまだ寒がっている。
「ううっ、さぶい。木枯らしがこんなに冷たいなんて」
「そう? そんなにつめたくないけどー」
 ウリムーは途中、落ちているナナの木の葉をかじった。
 枯れかけた巨木の洞の中が、ブースターの住まいである。地面にほぼ接した位置にあり、既にたくさんの落ち葉がしきつめられて暖かそうだ。岩や土で、ある程度風が入るのを防いでいる。
 ブースターは、洞の中へもぐりこんでから、これから去ろうとするウリムーに言う。
「ところでさ、今年は雪が降りそう?」
「この木枯らしはからからだから、たぶん今年は少ないと思うよ」
「そう、よかった」
 去年は渓谷が一面の銀世界となった。冬眠から一時的に目覚めたポケモンたちが喜んで外で遊んでいる間、ブースターはぶるぶる震えながら早く雪が溶けてくれないかとずっと待っていたのである。
「寒いの、きらい」

 翌日、寒さはより厳しいものとなった。まだ十一月の半ばだが、ブースターにとっては真冬と大差ない。それでも、喉がかわいたので、水を飲みに外へ出る。
「ううっ、さぶっ」
 ぶるっと体を震わせて、毛を逆立てて体温を保とうとする。池にたどり着き、水を飲むが、舌ですくう池の水は、氷のように冷たかった。それでも喉の渇きは癒えた。
 帰ろうとしているところへ、バルキーが現れる。
「おっ、ここにいたのか。みんな待ってるぜ」
「え、待ってるって?」
「いいからいいから」
 バルキーはブースターの尻尾を引っ張り、無理やり連れて行った。

 ポケモン渓谷の、小さな丘。
「あっ、来た来た」
 キモリが、バルキーとブースターを見つける。バルキーに尻尾を引っ張られてきたので、ブースターは痛くて仕方ない。やっと放してもらうと、尻尾を丸めた。
 ポケモンたちは、丘のてっぺんで、焚き火をしていた。
「もう冬でしょ? ここであったまっておこうよ」
 誰かの言葉に、ブースターは耳をぴんと立てて、焚き火の側に近づく。勢いよく燃える炎の熱さが、ブースターには心地よい暖かさだった。
「わー、あったかーい……」
 そのうち、芋を焼いた良い匂いが落ち葉の下から流れてきた。コダックが嘴で落ち葉を掘り返し、焼けている芋を一本丸かじりする。熱かったのか、すぐに嘴から出してしまう。
 皆も焼き芋を掘り出して食べる。甘くてほこほこして美味しかった。
 暖かい焚き火に当たりながら、熱々の焼き芋を食べる。ブースターは自分の体が心から温まったように感じていた。