グレイシアの夏休み



「キャー、かきごおり!」
 ピッピは嬉しそうに、雪のように細かく砕かれた氷を手ですくった。
「これ楽しみにしてたのよねえ!」
 町の梅雨があけて本格的に暑くなると、氷ポケモンたちが涼をとるために池や小川に氷を浮かべるようになる。たまに公園にも雪像や氷像を作って、訪れる人の目を楽しませている。そして、おやつも作ってくれる。かき氷だ。それしか作れないというのもあるが……。
「シロップがないのが残念だけど……」
 普通の氷と違って、口に入れるとほんのわずかに甘みを感じ取れる。シロップがなくても味わえるのだが、やっぱりシロップはほしいところだ。そんな時は、道に落ちている小銭を自動販売機につっこんでジュースやコーヒーを買い、かき氷にかけている。
「冷たくておいしーっ」
 食べていると頭が痛くなってくるが、それでもやめられない美味しさと冷たさ。当の氷ポケモンたちは鎌倉を作ってその中にこもって涼をとっている。
「かき氷ほしかったらいくらでも氷削ってあげるから、鎌倉にジュースかけるの止めてちょうだいな。溶けちゃうでしょ」
 鎌倉の中にさらに氷の塊を一つ作って、グレイシアは言った。その隣で、ウリムーがうたたねしている。
「かき氷、おかわり!」
 皿の上の氷をなめ終えたポチエナが尻尾を振った。
 暑い昼下がり、皆の胃袋に、たくさんのかき氷が詰め込まれた。

 今日は雨。多少気温は下がるものの、やはり夏なのだから、朝から蒸し暑い。こんな日も鎌倉をいくつも作り、氷と雪のバリケードを張り巡らした上で、氷ポケモンは鎌倉の中で涼む。氷は雨に打たれて次第に溶けてしまうが、バリケードを厳重にしてあるので、最初の氷の層が溶けても、次の層がある。それに、鎌倉に到達するまでに雨がやむことの方が多い。
 さすがにこんな日にかき氷を食べにくるポケモンはいなかったが、次の日は前日太陽が顔を出せなかった分をとりかえしたかのようなカンカン照り、朝も早くからかき氷をねだるポケモンたちが鎌倉の前に列をなした。気温は十時にならないうちから三十度を上回り、汗が出る。自然と、皆、公園の噴水の周りにも集まってくる。涼を取りたいのだ。
 そして、皆が噴水の周りに集まると、
「さー、今日もやるよー! みんな集まってええ」
 アメタマやハスボーが噴水で小さなショーを開く。きれいな噴水、泡、小さな虹。ポケモンたちは歓声を上げた。ショーを見ながら、ジュースを注いだ甘いかき氷をほおばる。あるポケモンは細かな氷を固めておにぎりのような形にし、オレンジジュースを注いで食べた。冷たいオレンジ味の氷まんじゅうもなかなかの人気となった。
 皆が喜んでいる一方で、
「暑いとダルいわねー」
 早くもグレイシアは鎌倉の中で寝そべった。鎌倉の中にも暑い風が入ってくる。中から鎌倉が溶かされてしまいそうな気もするほどだ。朝っぱらから高い気温の毎日だ、どんなに友達に誘われようとも、ギラギラと情け容赦なく地面を照りつけてくる太陽の下へ出る気はさらさらなかった。そんなことをしたら、鎌倉のように体が溶けてしまうかもしれないではないか(溶けるわけがないのだが)。
「やっぱりこの中で夏を過ごすのが、性にあってるわねえ。夏中、おやつ作ってすごそうっと」
 作り出した氷を尻尾でガリガリ細かく削り始めると、小さな氷が辺りに山を作り始めた。
 かき氷と氷まんじゅうが交互に作られ始めた。

 暑さがどんどん増してくる昼間から夕方にかけて、グレイシアは、溶けやすい鎌倉をたくさん作る。鎌倉の溶けた後にできる水たまりで気化熱を利用し夜間の気温を少しでも下げようと言うのと、皆の午後からの遊び場にするためだ。
 柔らかな鎌倉は形を崩せるようになっていて、皆は好きな形を作る。雪だるま、滑り台、ティーカップ、雪玉、ただの山、いろいろ作れて遊び放題だ。が、グレイシア自身は、自分の鎌倉の中にたくさんの氷の塊を並べてその傍に寝そべっている。「暑いから冷やしてる」のだとか。だが、暑さに耐えられなくなった時を覗いて涼を取りに鎌倉の中に入ってくる者はあまりいない。いくら涼しくても、さすがに冷えすぎて風邪をひくから……。
 今度は雪像づくりが始まる。かまくらの雪をしっかりと固めなおして、像を作っていくのだ。太陽が雪を溶かし切ってしまう前に、急いで形を整えていく。雪の表面はすぐに溶けてしまい、雪像から汗がポタポタとしたたりおちているように見えているとはいえ、なかなかかわいらしいイーブイの象が出来た。一時間も経つと、完全に形が崩れてただの雪の塊に戻ってしまったが。
 夕方になると、公園は溶けた雪や氷であちこちに水たまりができる。それをほったらかして、今度は汗を流すために噴水で遊ぶ。昼の間に太陽に照らされても熱中症で倒れる者がいなかったのは、たぶんグレイシアのつくる鎌倉のおかげだろう。たびたび中に入れてもらって涼んでいたから。
「あーあ、今日も暑くて仕方なかったわねえ」
 皆が帰ってしまうと、かまくらを作りなおして、グレイシアはつぶやいた。コンクリートの多いこのあたり、夜間は熱がこもる。気化熱による涼はそんなに期待していないので、自分の鎌倉の中にまた氷を敷きつめなおす。
「早く冬が来てくれないかしらねえ……」
 暮れゆく夕日を見つめながら一人ごちた。