公園のトイレ



 まだ町は雪化粧。最近は雪が多く降ってくる。
「こんなときに散歩なんてヤだなー」
「だって、退屈なんだもん」
 町の路地裏をジャノビーとツタージャが歩いている。
「だけどさ、ここらへんってブニャットの縄張りじゃんか。死にに行くようなもんだぜ?」
 ジャノビーは妹に言った。
「でも、退屈なんだもん」
「つきあう俺の身にもなれよ」
「やだもん。おにいちゃんと、あたしは、違うもん。ほら、早く行こう」
「はーあ、いるんだよなあ、こういう奴。要求ばっかりするくせに、相手の都合も考えずに早くしろって急かして、なおかつ要求が満たされても礼を言いもせずに新しく別の要求を押し付けてきて、しかもそれが当然の権利だと思い込んでいる奴が」
「だれのこと?」
「誰のことだろーなあ?」
 二匹は連れだって塀の上を歩いて行った。見張りに見つからないようにするためだ。
「ニャルマーもニャースも結構目いいからなー。急いで抜けるぞ」
「えー、ゆっくり歩きたいのに」
「死にたいのかよ、お前は!」
 幸い、裏通りを抜けるころには、喧嘩も収まっていた。
「裏通りなんかより商店街を通った方がいいだろ、人間は多いけど車道に飛びださなければそんなに危険じゃないしさ」
「だって裏通りの方がスリルがあっていいと思ったの」
「スリルを求めて、結果としてあの連中の争いに巻き込まれたらどうすんだよ、お前ってやつは!」
「逃げればいいもん」
「お前なあ……」
 ジャノビーは頭を抱えた。

 商店街は、バレンタインデーにそなえて、店頭にチョコレート商品が並ぶ。町に甘い香りが流れていき、それを深く吸うだけで、よだれが口から垂れてくる。店に入った人間たちは、出てくるときには綺麗にラッピングされている箱を手に持っている。ツタージャはその箱や店の中から流れてくるあまい香りを吸い込んで、よだれを垂らす。
「食べたいなあ、おにいちゃん」
「駄目駄目。バレンタインデーが終わるまで我慢しろ。割れたチョコとか売れ残りの処分待ちとか分けてもらえるから」
「うー……」
 ツタージャは不満をあらわにした。が、我慢した。金があれば自分たちでも買えるのだが、無一文では仕方ない。
 商店街を抜けるころ、ツタージャは兄の尻尾を引っ張った。
「おにいちゃん、おトイレ行きたいの」
「トイレえ? 家まであとちょっとだから、我慢しろよ」
「もれそう……」
「しょうがないな、公園がすぐ傍にあるから、そこで済ませようか」
 商店街を外れて右に曲がると、そこは児童公園だ。今は、授業の時間帯なので、小学生はいない。今、公園にいるのは幼稚園に上がる前の子供と母親くらいなものだ。
「ほれ、ついたぞ。ええっとトイレの場所は、と」
 ジャノビーがトイレを探していると、もう既にツタージャはよちよち歩きながら、やや黄ばんだ白っぽい建物を目指していく。
「おトイレ、おトイレ」
「あれがトイレかよ? 何て書いてあるんだ、あの文字は」
 ジャノビーはツタージャより先にその白っぽいものにたどりつき、記号を見つめる。
「……♂、♀……何だろ、この記号。ひらがなでもかたかなでもないなあ」
「おにいちゃん、もれる〜」
「ああもう、もうちょっと待ってろ! ここがトイレかどうかわかんないんだから。ちょっと覗いてくる」
 ジャノビーは白っぽい建物の入り口を見つけて中に入る。♂と書かれた入り口をくぐると、黄ばんでいて薄汚れた白いものがいくつも目に飛び込む。そして、鼻を突くあのにおい。
「あ、ここは間違いなく人間のトイレだわ」
 もう片方の、♀と書かれた入り口をくぐると、やはり黄ばんでいて薄汚れた白いものが、個室に入っている状態で、見つかる。
「ここも人間のトイレだな。でもなんで分けられているんだろうなあ。ま、いっか」
 外に出て妹を呼ぶ。そして、♂と書かれたトイレに入り、壁にはりついている縦長の白い便器で用を足させた。
「あー、すっきり」
「よかったな。じゃ、帰るぞ」
「うん」
 ジャノビーとツタージャは機嫌よく、帰宅したのであった。

 後日、♂というのが「男」を意味する記号である事を、ジャノビーは知った。