眠りの中で



 大海は、いつもどおり静かだった。海の中を水ポケモンたちが泳ぎ、空を飛行ポケモンたちが飛び交っている。
 オレンジ諸島の深い海流の中で、ルギアは眠っていた。時には静かに、時には激しく、海流は流れる。ルギアにとって、その海流の流れる音は子守唄のようなものだった。
 日の光も届かぬ深い水底で、優しく流れていく海流の音を聞きながら、翼を畳んで眠っていた。

 ルギアは夢を見ていた。
 この星が生まれ出たその時、まだ生命体は存在していなかった。混沌とした世界は、長い時間をかけて徐々に自然界という巨大な秩序を作り上げていった。広大な空、広く深い大海、広がる陸地。その頃から、地上に生命体が現れた。生命体は長い時間をかけて、徐々に進化を遂げ、現在の姿を形成するにいたった。
 ルギアが大海の中で生まれたのも、その頃だった。人間の間では海の神として、自然界では自然のバランスを司る存在として、ルギアは生きた。海流の流れを通して、波風の運ぶ音を通じて、ルギアは外の世界を知っていった。空を飛んで、自ら世界を見たこともあった。
 世界は、大海に包み込まれていた。陸地の周囲は大海が広がり、まるで陸地を守っているかのようだった。陸地には様々な生き物が住まい、海の中にもいた。生まれて初めて空を飛び、自分の目で世界を見たルギアは知った。全ての始まりは、海にあるのだと。

 夢の中で、ルギアは考えていた。
 全ての生命体が、海から本当に離れて生きることは可能なのだろうか。空を飛び交うのはポケモンだけではない。人間も科学技術の発達により空を飛べる器具を手に入れ、自由に空を飛べる。だが、全ての生命体は本当に、海を必要としなくなるだろうか。陸地から離れることは可能だろう。ではなぜ、その陸地から離れて空で暮らす生命体が全く存在しないのだろうか。飛行ポケモンは羽を休めるために木々に止まり、飛行機は格納庫で次の出発を待っている。飛びっ放しの存在に、ルギアはお目にかかったことがない。
 たぶん。
 ルギアは考えた。
 たぶん、不可能だ。
 生命体である限り、海は必要だ。水ポケモンだけではない。人間も陸のポケモンも、海を必要とする。己の糧を得るために。あるいは、海を母胎として子孫を残すために。
 全ての生き物は、海から生まれ出た。このオレンジ諸島の海流が、生命を育むのに最適な条件を持っているように。この海流の中でルギアが生まれ、育ったように。
 たぶん。
 海から生まれたことを、皆、頭の中では忘れてしまうだろう。
 だが。
 遠い遠い時間をさかのぼれば、覚えているかもしれない。
 己の本当の出自が、大海の中であることを。
 そして、海こそが、全ての生命体の母であり、生み出された生命体たちを静かに見守り、時には試練を課していることを。
 私が、この大海の中で生まれ育ち、生きているのと同じように……。

 ルギアは目を開けた。目の前には、いつもと変わらない深海の闇が広がっている。
 海流は穏やかに流れ、その流れが、この世界の平穏無事を伝えてくる。
 ルギアは大きく翼を広げ、海流の中を泳ぎ始めた。