町の梅雨
「もう梅雨だね」
ニョロモは町の川の中から顔を出す。二日前から、町には小雨が降り続いている。降ったり止んだりを繰り返しながら、雨は灰色の空から降りてきている。
今年の梅雨は二週間ほど続く。例年より少し長めのようだ。行きかう人々は、様々な色の傘を差している。傘を見ているだけでも楽しい。通りがカラフルな傘であふれかえっている。どんよりした空とは対照的だ。
ニョロモの住む川は、幅自体はコンクリートで固められているのでそんなに広くも深くも無い。だが、梅雨で増水すると、あっというまに水が縁からあふれて、川幅が広がる。橋の下に作られた川なので、川幅が広がっても特に心配は無い。ひとの歩く道路まで水が届くことはないのだ。ぞんぶん、川で遊べる。梅雨が明けて夏が来ると、なかなか雨が降らないので、水位は一気にさがり、川幅もせまくなってしまう。そのため、遊べるのは今のうち。
公園にいるポケモンたちは、遊具の中で雨宿りしている。水ポケモンは遠慮なく川に集まり、遊ぶ。梅雨の間だけは、川は彼らの絶好の遊び場所になるのだ。
コイキングが水を派手に跳ね上げて、ニョロモやトサキントが泳ぎまわり、ハスボーは雨受け皿に雨水を載せてプカプカ水面に浮いていた。
雨が降り続く間、水ポケモンたちの遊び場が一気に増えて、川遊びをするポケモンたちは日増しに増えていくのであった。
今日は、雨が降っていない。止んでいるのだ。灰色の雲に覆われた隙間から、美しい青空をのぞかせる。太陽も、顔を出した。まぶしい。
「わあー、まぶしいね!」
散歩のついでに公園に寄ったガーディは、青空に顔を出した太陽を見て、目をつぶった。梅雨が明けるまで、太陽の光を浴びる事はほとんどない。日中、雲に覆われている事が多く、昼間であっても薄暗いからだ。
「おひさまの光は久しぶりだなあ」
ぬかるみの残る地面には、ところどころ水溜りが出来ている。ぬかるみを歩くと、泥の上に足跡が残る。水溜りの中に脚を入れると、思ったより水溜りは深かった。ずぼっと、水溜りの底にできた泥に、脚が入ってしまったのだ。
「うわっ、やっちゃったよ。浅いと思ったのに」
慌てて脚を引き抜く。後ろ足が泥だらけだ。それを見て、ポチエナとラルトスが笑う。よく見ると、彼らの足も汚れている。うっかり水溜りの中に入ったらしい。水道で泥を落としてから再び土を踏んだが、そこもぬかるみ。またしてもずぶずぶと脚が泥の中にもぐってしまった。
「あーあー。また泥まみれじゃん。今度は全部の脚がつかっちゃったよ」
「開き直って汚れちゃえよ。帰る前に泥落とせばいいんだし。どうせ今は梅雨なんだから、ちょっと泥がついたくらいなら、誰も怒らないって!」
ポチエナは既に、腹まで泥で汚している。足を滑らせてバランスを崩し、腹まで泥に浸かってしまったのだ。このまま全身を泥で汚すつもりなのか、前足で派手に泥を掘って跳ね上げる。
ポチエナのとばす泥を小さな手でよけながら、ラルトスは空を見上げた。頭の上についているツノが小刻みに揺れている。このラルトスはこのツノで天気予報が出来るという特技もあり、その予報は百発百中なので、皆から信頼されている。
「だって、もうじき、また一雨来るよ。晴れてるけど――ほら、また雲がきた」
空を見ると、太陽が再び薄い雲に覆われ、残った青空もあっという間に雲が覆いつくした。明るくてまぶしい太陽の光はあっというまに雲にさえぎられてしまった。そして、湿った風が少し吹いてくる。
「こりゃ、泥遊びどころじゃなさそうだねえ」
公園脇の側溝付近に寝転がっているゴクリンを見つめ、ガーディは呟いた。あのゴクリンは大概日光浴をしに側溝から姿を見せるのだが、今日はもう引っ込むつもりらしい。大あくびをして、小さな体に空気を一度つめこみ、吐き出して縮む。それから、水の流れる側溝の中にのろのろと降りていった。雨は好きではないのに、下水の中には自ら飛び込んでいくというゴクリンの行動が、いまいち分からない。
「そろそろ来るね」
ラルトスが呟いた直後、ポツポツと小雨が振り出した。
「うっそ! もう雨?!」
ガーディは仰天した。ポチエナは、ぶるっと身を震わせ、体の泥を更に広範囲に飛ばした。
「あーあ。汚そうと思ったのに」
普段から毛皮が若干薄汚れているのだから、もう少し汚れても誰も文句は言わない。が、ガーディはそうはいかない。飼われているのだから、泥まみれのずぶぬれで家に入るわけにはいかないのだ。本格的に雨が降る前に帰らなくては。
ガーディはまた水道の水で泥を洗い落とした。今度は、ぬかるみを避けて、なるべく地面の固そうな場所を選んで跳ぶ。幸い、ほとんど乾いてきた場所だったので、足の裏にちょっと泥がつく程度で済んだ。
「あ、そうか帰るんだっけ?」
ポチエナは残念そうに、汚れた後ろ足で耳の後ろをかいた。
「うん。ごめんね。それじゃ」
ガーディは、雨が本格的な大粒のものになる前に、公園を離れた。ポチエナとラルトスはその後姿を見送り、今度は雨の中で、泥遊びを始めた。
雨が降り出した。今日は川遊びではなく公園に散歩しにきたニョロモは、雨の中、泥遊びをしているポチエナとラルトスを見た。砂場を掘り返して小さな池を作ったり、泥をこねて団子を作ったりしている。
「やあ、きみたちも遊んでるの?」
近づいてきたニョロモ。ポチエナはせっせと砂場の隅っこを掘り返しては粘土層を足で踏み固めているところだったが、ニョロモの姿を見つけた。
「うん。おれらだって、雨宿りしてばかりじゃないんだぜ? 雨の日だって、ちょっと工夫すれば遊べるんだからな」
ポチエナはぶるっと身震いして、毛皮についた雨を飛ばす。が、大粒の雨なので、どんどん毛皮にしみこむ一方。飛ばす意味は無い。
「泥遊びは面白いよね。でもさ、君らは濡れると風邪ひかない?」
「大丈夫だよ。あと五分もすれば、雨は止むからさ」
団子をこねているラルトスは、できたての団子を、滑り台の下に置いた。滑り台の下は雨が当たらないので、団子が水を吸わずにすむ。十個くらいの団子は大きさが不ぞろいだが、ラルトスは団子の数に満足しているようで、大きさをそろえようという気はないようだ。
ラルトスの言葉通り、雨は五分足らずで止んでしまった。
「あーあ。もう止んじゃったのか」
ニョロモは残念そうに、尻尾で砂を払った。ポチエナは先ほどより激しく身を震わせて、雨水を飛ばした。
「どうせすぐ降るだろ。それより、池掘るの手伝ってくれよ」
「池? 泥の池だね。でも面白そう。いいよ」
ニョロモは承諾した。
今日も雨。だが今日も、ポケモンたちは元気に遊んでいるのである。