繭
「……」
「何してるのー?」
「……」
糸で木にひっついているトランセル。それを見あげて声をかけるクルミル。しかし、トランセルからの反応は全くなかった。
「見ればわかるだろ、バタフリーに進化するための準備をしてるんだよ」
横から話しかけてきたのは、若葉をモシャモシャ食べているケムッソ。クルミルはそちらに向き直って、首をちょっとかしげる。
「見ればわかるって言われてもさー。あんなふうにじっとして動かないんだもん。気になっちゃう」
「おまいはクルマユに進化したってある程度は動けるけど、ほとんどのさなぎポケモンは進化と同時に自由に動けなくなっちまうんだよ。こっちも同じだけどさ。だから、そっとしておいてやれよ。あの様子なら、明日の朝には、ちゃーんとバタフリーに進化してっから」
「そおなの?」
「そうなの。おいらも、明日の朝ごろには進化するけどね、マユルドになろうがカラサリスになろうが、どうでもいいんだ。さて、それまでに腹いっぱい葉っぱを食ってエネルギーを補給しておかないと。んじゃあな」
ケムッソは新しい若葉を求めて、クルミルに背を向けてのろのろと去った。
クルミルはケムッソの背中を見つめた後、またトランセルを見る。眼を閉じてじっとしているトランセル。反応が無いと言うことは、さなぎの中で進化の準備をしていると言う事か。
遊び相手がいなくてつまらないクルミルは、のろのろとその場を去った。
「ままー」
クルミルが向かった先にあるのは、たくさんの葉をねばねば糸でくっつき合わせて作った、クルミルたちの巣。
「あら、お帰りなさい」
母親のハハコモリが、巣から顔を出す。クルミルは母の元へ歩み寄る。
「ままー、ごはんー」
「はいはい、若葉をたんと採っておいたわよ。あんたもそろそろ進化の時期にさしかかるから、たくさん食べて体力つけておきなさい。進化にはものすごく体力を使うんだからね」
「あーい」
クルミルは、巣の奥に山のように積み上げられた新鮮な若葉をほおばった。冬を越えてから枝についた葉は、最初は固いが、咀嚼していくうちに柔らかくなる。
「進化かあ」
葉を口いっぱいにほおばってそれを咀嚼しながら、クルミルは、トランセルのことを思い出す。木にひっついて、じっと石のように動かないトランセル。
(明日には、バタフリーになってるってほんとかな?)
クルミルが考えながら葉をムシャムシャ食べている間、巣の外を、
「おしっこおお!」
「今連れてくから、もらすなーっ! こらえろーっ」
泣いているピチューを背負ったルチャブルが猛スピードで通りすぎていった……。
翌日。
クルミルは、トランセルが糸でひっついている木へ向かった。
「あれ?」
まだ、トランセルがいる。
「バタフリーには、まだ進化できてないんだ……」
また明日来た方がいいかな。そう思って、クルミルは回れ右する。
ピキ。
クルミルは、背後から聞こえた音に、振り返る。
「あっ」
トランセルの体が光り輝いている。
「進化が始まったんだ!」
クルミルは、トランセルへと向き直る。光り輝くトランセルの体が少しずつ変わっていく。大きな白い羽がまず見えてくる。そしてその体はキャタピーやトランセルの時とは全く別の色に変わっていく。
「おお、進化してるぜ!」
いつのまにか、ケムッソがクルミルの傍に来ていた。
「これでバタフリーになるんだ!」
光は少しずつ消えていく。そして、その木にとまっているのはトランセルではなく、立派な、バタフリーであった!
バタフリーは白い羽を動かし、飛ぶ。あたりをぐるぐると旋回し、やがて大空へと飛び去っていった。
「すごいなあ」
それを見送りながら、クルミルはつぶやいていた。
「お空、飛びたいな」
「でもお前は最終進化系がハハコモリじゃん。空は飛べないぞ」
ケムッソが突っ込む。ケムッソの最終進化系はアゲハントかドクケイル、どちらも飛べる。しかしクルミルの最終進化系はハハコモリなのだ。飛ぶことはできない。
「うう……」
クルミルはしょげたが、ケムッソは若葉を新たにもりもり口に詰めながら言った。
「まあ、おいらが進化したらおまいを背中に乗せて飛んでやるから、安心しなって」
そう言いながら、ケムッソは、トランセルがとまっていた木の、大きなうろの中に入って、糸を吐く。糸はケムッソの体を包み、やがて真っ白な繭を作り上げた。
「カラサリスに進化したな、おいら。じゃああとはアゲハントになるのを待つだけだ」
ケムッソ否カラサリスは呑気にクルミルへ言った。
「何日かしたら来いよ。きっと進化してるだろうからさ」
「うん。じゃあね」
クルミルは別れを告げ、巣穴へと戻っていった。
「お空飛びたいなあ」
何日か経ち、木のうろの中にいるカラサリスの元へ、やってきた。
「よお、おまいも進化したんだな」
「うん」
カラサリスの言葉に、クルマユは返事を返した。
「何だか体が重くなっちゃったよ」
「そりゃあ、進化して体も大きくなったんだ、体重も増えるさ」
「ところで、そろそろアゲハントに進化できそう?」
「もう少しかかる。とりあえず今は眠いから、寝かせてくれよ」
言うが早いか、カラサリスは目を閉じて眠りについた。
「むう。お空はまだかな」
眠ったカラサリスに、クルマユは不機嫌な顔を向けたが、あいにく眠った相手は何も反応してくれない。
空を飛ぶ夢はまだかなえられそうにない。