フカフカ毛皮



 ポケモン渓谷の西のはずれには、年がら年中花の咲いているところがある。春夏秋冬のはっきりしているポケモン渓谷だが、ふしぎなことに、この場所だけは、年がら年中春なのだ。この不思議な現象については、まるで空間や時間がそこだけ切り取られたみたい、そんなふうに言うポケモンもいるが、誰一人として、正解を知らないのだった。

 ミミロルとミミロップの親子が、この名物ともいえる花畑を見るために、ポケモン渓谷を訪れた。
「ママあ、お花、きれいだね」
「そうねえ。あの赤いお花なんか本当に綺麗だわ」
 ミミロルははしゃぎながら、先を歩いていく。ミミロップは微笑みながら子供の後を追った。冬であるはずなのにここは暖かく、太陽が優しく照っている。ほかの場所ならば、一面の銀世界なのに。
 途中、小さなモモンの木を見つけた。喉が渇いたので、たわわに実る果実を採って食べる。
「あんまりたくさん食べちゃいけませんよ。トイレに行きたくなるでしょう?」
「大丈夫!」
 ミミロルはそう言いながら十個以上ものモモンの実を食べた。噛むと、柔らかな身が潰れて甘い果汁が口いっぱいに広がる。甘くて、それでいてしつこくないさっぱりした喉越しであった。
 休憩を終えてから、また親子は歩き始めた。
「あ」
 ふとミミロルは、桃色の花畑の中で、
「ママ、おしっこ……」
「だから言ったでしょ、食べ過ぎちゃだめだって。……お花畑の中でおトイレしちゃいけませんよ。そこの岩の陰で、ちゃんと地面を掘ってからしなさい! ママはここで待っていますからね」
 ミミロルは言われた通りに花畑から出て、大きな岩の陰の柔らかな地面を掘る。
「うう、ここの風、ちょっと冷たい……」
 ヒュウと一陣の風が吹いてミミロルをなでさすった。その冷たさにミミロルはぶるっと身震いしてしまった。
「ぱんつ脱いだら、おなかひやしちゃう……でも脱がないと、おしっこできない……」
 用を足し終わってしまうと、いつものフカフカ毛皮のパンツをはこうと振り返る。
「あれ? ぱんつ……」
 後ろに置いたはずの毛皮のパンツがない。
「ママあ、ぱんつ無い……」
 離れたところにいたミミロップが、子供の傍にかけてくる。
「あらあら、失くしちゃったの?!」
 さきほど風が吹いたので、それで飛ばされてしまったのだ。
「ぱんつどうしよう、ママあ。おなか寒いよう」
「急いで探しましょう。早くしないと、おなかを冷やしちゃうわ」

「ぱんつ、ぱんつ……」
 ミミロルは、深い草をかきわけながら、毛皮のパンツをさがした。だが、フカフカ毛皮のパンツは見つからない。一体どこまで飛ばされてしまったのだろうか。どんどん探していくうちに、ミミロルはいつのまにか、ミミロップとは逆の方向へ草をかき分けていた。
 不意に、ミミロルは枯れ草で足を滑らせた。運悪くそこは緩い下り坂となっており、ミミロルは頭から滑り落ちた。落ちた先は柔らかい草が密集していたので、特に痛くは無かった。だがミミロルはそれどころではない。だんだん腹が冷えてきたのだ。
「おなかひえてきた……早くぱんつ探さなくちゃ!」
 急いで起き上がり、自分の背よりもずっと高い丈の草をかき分けてフカフカ毛皮のパンツを探す。晴れていた空は徐々に曇り始め、時々吹き付ける風はさらに冷たくなってきた。
「ぱんつ、どこ? 全然みつかんないよ、ねえ、ママあ……」
 後ろを振り返って初めて、ミミロップとはぐれた事に気がついた。
「ママいない……!」
 母がいないと認識すると、急にミミロルは怖くなってきた。腹を冷やすような冷たい風への不安よりも、一人ぼっちになった事への怖さがたちまちミミロルを支配する。ひとりが怖くなり、さっき滑り落ちてしまったゆるい坂を登ろうとするが、ミミロルが頭から滑りおちたせいか、草がすりつぶされて土を踏めなくなっており、ミミロルが何度登っても、途中で滑り落ちてしまった。
「うう、ママあ……」
 ミミロルはとうとう坂のふもとに座りこんで泣きだしてしまった。
 しばらくそうして泣いていると、遠くから草をかき分ける音が聞こえてきた。
「ママっ?」
 ミミロルは泣きべそをかいたまま、自分の立った耳ほどもある高さの草をかき分ける音の方へ転がる。
「誰だあ、そこで泣いてるのは」
 が、聞こえてきたのはミミロップの声ではなかった。そしてミミロルが草のわけ目に頭を突っ込んだ時、その向こうに見えたのは、ブイゼルとポッチャマであった。が、ポッチャマはかつらでもかぶっているのだろうか、それともエルフーンに綿をわけてもらったのだろうか、モコモコしたものを頭に載せている。
「なんだあ、お前。見ない顔だなあ」
「どうしたでチャマ、なんで泣いてるのでチャマ?」
 母ではなかった失望感で、またミミロルは、草のわけ目に顔を突っ込んだまま大泣き。ブイゼルとポッチャマはミミロルをなだめすかして何とか落ち着かせ、べそべそ泣いているミミロルから、母とはぐれたこととフカフカ毛皮のパンツを失くしてしまった事を、聞きだした。
「フカフカ毛皮のパンツって、これのことでチャマ?」
 ポッチャマが、自分の頭に載せているものを、ミミロルに見せる。
「あっ、ミミのぱんつ!」
 ミミロルは大喜びでフカフカ毛皮のパンツをうけとって、草のわけ目から顔を引っ込めて、はいた。
「ミミのぱんつ、どこにあったの?」
「さっき風で飛ばされてきたのチャマ。あったかいからちょっとかぶってみたのでチャマ。でも失敗だったチャマ」
「パンツかぶってたんだな、お前……」
「でもあったかかったチャマ」
「まあ、お前がそう言うならいいんだけどな……さて、後はこいつの親を探すだけ――」
 ブイゼルの言葉は途切れた。
「ここにいたのね!」
 ミミロップが坂から滑り降りて、駆けてきたからだ。ミミロルは母を振り返って、
「ママあ!」
 ミミロップに飛び付いた。母に会えた安心感で泣くミミロル。やがて、ミミロップはブイゼルとポッチャマを見て、言った。
「本当にありがとうございました、うちの子を見つけてくださって」
「ううん、いいのいいの」
 ブイゼルは首を振り、尻尾をスクリューのごとく回した。ミミロップはやっと泣きやんできたミミロルに言った。
「ほら、ありがとうございますって、ちゃんと言ったのかしら」
「……えっと、アリガトウゴザイマシタ」
 ミミロルは礼を言った。棒読みの言葉であったが、とりあえずお礼を述べていた。
「いいって。それより、こんなとこで何してんだ?」
 ブイゼルの質問に、ミミロップが答えた。
「ええ、私たち、この坂の上にあるお花畑を見に来たんですのよ。年中お花が咲いている不思議な場所だって聞いたものだから」
「まあ確かに年じゅう咲いているよなあ、あそこ。なんで咲いてるのか、誰も分かんないんだよな」
「もし差支えなかったら、ご案内していただけません? この子が見たがっているのは、オレンの花なんですけど」
「別に構わないでチャマ。ね」
「おう。オレンの花はさ、もっと北の方に咲いてるんだよ。ここからだったらすぐだよ。一緒に行こうよ」
「わーっ、やったー! ママあ、オレン見られるって!」
「まあ、ありがとうございます。……ほら、ありがとうございます、は?」
「あ、アリガトウゴザイマス」
 ミミロルはまたしても棒読みの言葉で礼を言ったのだった。