正月のお餅
「あー、おなかいっぱい」
あたたかな部屋の中で、ガーディはカーペットの上に寝そべっている。食事が終わってすぐに飼い主は部屋に引き取ってしまい、しばらく構ってもらえそうにない。まあ、着たばかりの年賀状の仕分けをしなければならないのだから、邪魔が入ってほしくないのだろう。ガーディのほうも、今は遊びたい気分ではない。
「げっぷ。まさかお餅をもらえるなんて思わなかったよ。いつもポケモンフードだもんねえ」
餅を食べたのは何年ぶりだろう。熱くてちょっと固くて、でも中身は柔らかい。牙にひっかかったのが残念だが。
「それにしても、お餅ってすごいな。一つ食べただけでおなかいっぱいになっちゃった。いつもならちょっと小腹がすいたって感じるんだけど、全然空腹感なんてないな」
そこでガーディは、飼い主が大根おろしを食べていたのを思い出す。
「餅と大根おろし。なにか関係があるのかな。付け合せにするには、大根おろしはからいだけだしなあ。餅を噛んでると甘いから口直しにするのかな? でもわざわざ大根おろし食べなくたって、お餅にしょうゆをかければいいだけなんだし……」
尻尾をパタパタ振って、しばらく考える。だが、次第に眠くなってきたので、考えるのを止めた。
「あー、おなかいっぱい。おもちって不思議だなあ、むにゃむにゃ」
いつのまにか、ぐうぐう眠ってしまった。
「おもちって不思議だよねー」
後日、散歩に出たガーディは公園で話した。
「一個食べただけなのにさ、夜のごはん出されてもあんまり食べる気がしないんだ。全然おなかすかなくてさ」
「そりゃそうさね」
どこでもらったのか酒かすをあぶったのをちびちび食べるスリープは、ぺろりと舌なめずりをした。
「餅ってのはなー、普通の飯より消化が遅いもんだから、あまり腹が減らんのさ。一つ食えば十分すぎるくらいに腹が膨れただろう? まあ、いくら腹が減ってないと言っても食わないのはよくないぜ?」
「分かってるよお。残しちゃったけどちゃんと食べるだけ食べた」
積まれたタイヤの中からエネコが飛び出した。さっきまで眠っていたのか、尻尾の先についた三本の触角らしきものがバラバラな方向を向いている。まるで寝癖だ。
「ねーねー、何の話してるの?」
「餅の話してんだよ」
スリープは手の中の酒かすをぽいと口に放り込んだ。餅と聞いたエネコは両目を精一杯開かせようとして、無駄な努力をする。本人としては、「目を輝かせている」つもりのようだ。
「おモチですって?! わお、それダイスキ! くれるの?」
「ここにはないよ」
ガーディは尻尾を振って耳を伏せた。餅がないと聞いたエネコはニャーッと悲鳴を上げた後、タイヤの山の中へ転げ込んでしまった。
「それはそうとさ、何でお餅と一緒に大根おろし食べるの? 口直し?」
「ちゃうちゃう。そいつはな、餅の消化を助けるために食うもんさ。もちろん食えば辛いけど、今度飼い主に餅もらったら、大根おろしもねだってみな。大根の成分には餅の消化を早めるものがあるかんな、試してみ」
「へー、そうなの。じゃあ、試してみるよ。ありがとー」
「おう、気をつけて帰れよ。最近、四地区の連中どもがまたしても縄張りを広げようとしてっからな。巻き込まれんじゃないぜ」
「わかったー」
ガーディは礼を言って、公園を去った。後ろで、餅ショックから立ち直ったエネコとスリープが餅について何だかんだ話を始めたのを、聞きながら。
ガーディは商店街を通る途中、いつもの定食屋の裏を覗いていく。今日は正月なのだから定食屋も定休日のはず。と思いきや、いつもの場所にポチエナとジグザグマがいる。お皿の上に乗った何かを一生懸命食べている。
「やー、ご飯中?」
ガーディが近づくと、皿から顔を上げた二匹は、尻尾を振った。
「よー、見て分かるだろ、メシの最中」
ぺろりと舌を出したジグザグマの鼻先から、砂糖のかけらが落ちた。皿の上には、かじりかけの熱い餅と砂糖の小山がある。
「磯辺巻きもいいけど、砂糖かけてもキナコかけてもうめーよなー。口の周りについちゃうのが難点だけどさ」
嬉しそうに尻尾を振るポチエナの口の周りは、キナコだらけ。よく見ると別の皿にも熱い餅が乗っており、それはキナコがふりかけてある。ポチエナはペロリと舌を出して口の周りを舐めるが、あいにく綺麗になるのは食後。キナコ餅を食べている間はどうしても口が汚れ続ける。
「でもしょうゆは苦手だな。ちょっと辛い」
「そんなら砂糖にしょうゆを混ぜりゃいいじゃん。ほどよい甘辛さになって美味しいよ?」
「へー、そうなんだ。今度試してみよう」
焼いた後の餅なので、一度柔らかな部分が皿についてしまうとはがすのに苦労する。牙を一生懸命立てて何とか引き剥がそうとする二匹に別れを告げて、ガーディは帰宅した。
公園の大時計が夕方五時を告げた。
ドアにつけられた専用の小さな入り口をくぐって室内に入る。ちょうど、空がくもりだし、粉雪が少し降ってきた。
「うう、ちょっと冷えてきたかな」
ガーディはキッチンへ急いだ。雑煮のにおいに混じって、別のものが焼けるにおいを嗅ぎ取る。この焦げたにおいは……。
「あっ、お餅!」
思わず尻尾がピンと立った。キャンキャンと鳴いて飼い主に餅をねだると、笑いながら一つくれた。
「ああ、そうだ。昨日、夕飯残しちゃったでしょう? 今日はこれもつけてあげる」
焼いた餅の乗った皿に、白くて水っぽいものが盛られた。大根おろしだ。舌の先で舐めると、やはり辛い。
「これが消化を助けるって言われたけど、ホントなのかな」
半信半疑であったが、とりあえず食べることにした。
「うう、やっぱり辛い……」
食後は昨日と同じくすぐに眠くなったものの、眠りから目覚めると、翌朝ちゃんといつもどおりに腹が減っていた。
「やっぱり大根おろしのおかげかな?」
ポケモンフードをバリバリ食べながら、ガーディは思った。
「でも、辛いのはやっぱり苦手だな」