紅葉
ポケモン渓谷に秋が訪れた。木々の葉は赤く染まり、紅葉がはらはらと舞い落ちてくる。その紅葉が落ちるのを楽しみながら、イーブイは言った。
「もうすぐ冬が来るよね」
紅葉を拾っては口に入れるコダック。とぼけた顔で紅葉をサクサクと嘴でこすり合わせる。紅葉とは、食べるためのものではないのだが、このコダックは目に付いたものをとりあえず口に入れようとする性質がある。
「ホーラネ(そーだね)」
イーブイはそれを呆れたように眺める。
「紅葉って、食べるものじゃないんだけどな。観るためのものなんだよ」
「ワアッヘル(わかってる)」
コダックのやる事なす事が、わざとなのかそうでないのかよく分からないときがある。イーブイはふさふさした尾を振りながら歩き、紅葉を新しく口に入れようとするコダックに言った。
「ねえ、どうして葉っぱはあんなに綺麗な色に変わるのかな」
コダックは、新しく紅葉を口に入れ、それを嘴ですりつぶしている最中であった。
澄み渡るような空の中に、越冬のために別の場所へ渡るスバメの群れが見えた。
コダックと別れた後、イーブイは近くの泉で水を飲んだ。冷たい水が喉を通ると、体の中まで冷えたように感じられた。
泉の中央に波紋が広がって、中からコイキングが顔を出す。
「や、なにをしている〜」
間延びした口調で、コイキングは問うた。イーブイは泉から顔を上げると、コイキングに言った。
「なにって、水飲んでるだけだよ?」
「なに、水を飲むか〜。そうかそうか〜。泉の水は美味いだろ〜」
「うん」
「そうかそうか〜。それではな〜。もう寝るから〜」
「うん、おやすみ」
コイキングは泉の中にブクブクと潜っていった。
イーブイは歩いていき、木々を彩る紅葉を眺めた。この時期、紅葉が渓谷を彩るだけではない。木々に実がなり、冬眠のためにポケモンたちはそれらを拾い集める。日光をたっぷりと浴びて熟した木の実はとても美味いし、固い殻に覆われた木の実は保存がきく。だが冬になると、木の葉は散り、裸になる。春が訪れるまでとても殺風景な渓谷になるのである。
(今は綺麗なのになあ)
春は木々が芽吹いて花を咲かせ、夏は葉が生い茂って木陰を作る。秋は綺麗に葉が色づくが、冬になると枝と幹だけの寂しい風景になる。イーブイはとことこ歩きながら、周りの木々を眺めた。途中で、落ちている木の実を口に入れたり、落ちてくる紅葉をふさふさの尾で叩き落としながら、自分の住まいへ向かう。
そこそこ大きな樫の木。そのなかに厚く藁を敷いて、奥には保存のきく木の実を蓄えてある。紅葉の一番美しい季節をすぎれば、あっという間に冬が訪れるのだ。
日が暮れかけてきて、オレンジ色に光る夕日が渓谷を染める。明るいオレンジの光を受けて、渓谷はオレンジ色に染まる。
「きれいだなあ」
イーブイはその光に見とれた。沈み行く夕日が、眩しい光を放ちながら、地平線の向こうへと移動する。光に照らされた紅葉は、よりいっそう美しい光を放ちながら、風に吹かれて舞い落ちてくる。まるで雪が太陽の光に照らされ銀の光を放つがごとく、紅葉はオレンジに染まってひらひらと舞い落ちる。
夕日はあっという間に沈んだ。オレンジに染まった空はあっというまに紫色の帳に覆われ、西の空だけが暗いオレンジ色を残す。光に照らされていた紅葉は、光を放たなくなり、ただの落ち葉へとかわっていった。
イーブイの頭の上に、紅葉が落ちてきた。首を振ってそれを落とし、残光を頼りに、それを眺める。落ちるときはあんなに美しかったはずの紅葉は、光がなくなると、ただの葉っぱでしかなかった。
「何でだろう。あんなにきれいだったはずなのに」
枝を見上げると、紅葉が舞い落ちてくるのが見える。そろそろ晩秋が近い。枝の中にはすっかり葉のなくなったものがあった。葉のない木など、寂しすぎる。
「そっか……来年までの、お別れなんだ」
イーブイは呟いた。
冬の訪れと共に、木々は丸裸になる。同時に、渓谷のポケモンのほとんどは冬眠する。その間、雪が降り積もり、あたり一面が銀世界となる。雪が溶けて春になるまで、ポケモンたちは誰も外へは出てこない。
「これから葉っぱがどんどんおちてくるし、だんだん殺風景になってくる。そうなる前に、綺麗な紅葉を見せて、来年までのお別れを言ってるんだ……」
冷たい風が吹き、木の葉が舞い落ちる。舞い落ちた木の葉は、地面に落ちて紅葉の道を作り、冬の間にそれらは雪と土との間に混じりこんで腐葉土になる。その腐葉土は木々や草花を養い育てていく。腐葉土に育てられた木々は花を咲かせ、実をつけ、葉を色づかせる。そしてその葉は落ちていく。
イーブイは巣穴に潜ると、藁を掻き分けて寝やすいように整える。温かな藁の中に、外から、紅葉が舞い落ちてきた。
冬まで、まだ少し時間がある。紅葉はもうしばらく、その美しい落葉を見せてくれることだろう。