ネイティ



 ネイティは不思議なポケモンである。同じ言葉を繰り返したり、意味の分からない独り言を呟いたり。
 中でも、ネイティの群れが行う不思議な行動は、ポケモン渓谷でも謎の一つとして知られている。木の周りで踊ったり、川の水を浴びてさえずったり。何をしているのか分からないが、ネイティが何かをすると、必ず後で、何かの形で結果が現れる。木の周りで踊れば、その木はたわわに実をつける。川原で水浴びをすれば、水流が澄む。
 ネイティは、渓谷で最も謎だらけのポケモンなのだ。
 アンノーンよりも、ミュウよりも、もっと謎に包まれている。

 一羽のネイティが、ある冬の日、クラボの木の枝に止まっていた。クラボの木の枝には、昨夜降った雪が少し残っており、辺りは一面銀世界。渓谷に住むほとんどのポケモンは冬眠するか、あるいは越冬のために別の場所へ渡っていくが、ネイティだけは渡らず、ポケモンたちの知らないところで何かをしている。
「フユダネ、フユダネ」
 ネイティは独り言を言う。
「サムイネ、サムイネ」
 ネイティは枝から降りて、地面をヨチヨチ歩く。
 氷の張った池の側にやってきた。水面はコチコチに凍っている。ちょっとやそっとの重さでは氷を割れないだろう。
 ネイティは氷の上をヨチヨチ歩いた。つるつるしているが、ネイティは足を滑らせることなく、平然と歩いていく。氷の上に、ネイティの足跡がついたが、その足跡はすぐに消えた。湖の真ん中あたりまで来たとき、ネイティは嘴で氷をつつく。薄くなっている氷はすぐにひびが入り、小さな割れ目を作った。嘴を突っ込むと、冷たい水を飲む。
 追い風がいきなり吹きつけ、ネイティは氷のひび割れでゴンと頭を打った。その拍子に氷が割れて、ネイティは湖の中へ落ちてしまった。
 水の中を沈んでいくネイティを、ジュゴンが見つけた。泳いでいくと、ジュゴンの頭の角にネイティの細い脚が引っかかる。
「何やってんの」
 呆れた声でジュゴンが聞くと、ネイティは瞬きして答える。
「オチタノ、ソレダケ」
「落ちた? しょうがないね」
 ジュゴンはそのまま水面に出て、ネイティを氷の上に上げてやる。
「水はすっごく冷たいんだから、気をつけなよ」
「キヲツケル。アリガト」
 ジュゴンはまた水の中へ潜っていった。ネイティはそのまま氷の上を歩き、湖の上を通り抜けていった。

 湖を抜けた先に、林がある。何本かの木の幹にできた洞の穴は、木の板や木の葉でふさがれている。ポケモンたちが洞の中で眠っているのだ。
 ネイティはよちよちと歩き、モモンの木の幹の上に飛び上がる。そして、枝を嘴でついばみ、雪の上に落とした。
「なにやってるの」
 声をかけるものがいる。見ると、ユキカブリが歩いているところだった。ネイティは枝に止まったまま、答えた。
「エダ、ツマンデルノ」
「あ、そう。でも葉っぱも木の実もない枝なんかつまんだって、美味しくもなんともないじゃない」
「エダ、ツマムノ」
 ネイティは枝から飛び降り、ユキカブリに背を向けてよちよち歩いていった。ユキカブリはその後ろ姿を見送り、ネイティが落とした枝を拾い上げる。
「あれ?」
 ユキカブリは枝を良く見る。先ほどネイティが嘴にくわえていた部分だけ木の皮がはがれ、その中からは、みずみずしい若枝が見えていた。
「今年の春は、早く来るみたいだな」

 ネイティはよちよち歩いていった。
「サムイネ、デモ、ハルガクルネ」
 林をどんどん歩いていく。ネイティの、雪の上に残された足跡からは、小さな草の芽が覗いていた。
 粉雪が降り始める。ネイティは雪を頭に積もらせながらも、よちよち歩いていった。そのうち、林を抜けて、渓谷の丘に出る。リンゴの木が、立っている。リンゴの木は、枝に雪を積もらせながら、静かにたたずんでいた。
「リンゴ、リンゴ」
 ネイティは、リンゴの木の周りをぐるぐる周り始めた。足跡がいくつもいくつも、木の周囲につけられる。やがて、目が回るほどぐるぐる周った後、ネイティはリンゴの木の根元を嘴でつつき、小さな穴を開けた。
「イッパイ、リンゴ、ミノルノ」
 ネイティはその小さな穴の中に、どこからか持ってきた、小さな枯れ枝を差した。
「ネルノ、ネルノ。ネムイノ、ネムイノ」
 そしてネイティは自分の住まいまでよちよち歩いて戻っていった。

 渓谷に春が訪れ、続いて夏が来た。夏も終わりに差し掛かり、秋に入った頃、渓谷の丘にあるリンゴの木にたくさんの実がついているのが見つかった。どれだけ食べても食べきれないほどの豊作。
「これはきっと、ネイティだね」
 皆、わかっていた。
 ネイティが何かをすると、必ず何か起こるのだという事を。

 ネイティは、今日も、渓谷のどこかをよちよちと歩いている。