眠りたい
「木の実ジュースがおいしいでチュ」
末っ子ピチューは、ツボツボから分けてもらったジュースを、葉っぱを丸めて作った器に入れて、ぐいぐいと飲みほした。夏の終わりが近いとはいえ、今はまだ気温が高く、日中は川遊びをするポケモンが大勢いる。知るけたっぷりの木の実を使って、ツボツボが作る木の実ジュースも人気がある。
「でも飲み過ぎると困るでチュ。けど、ジュース飲めば涼しくなるんでチュ」
ジュースを飲み過ぎれば夕食の木の実が食べられない。しかしただ木の実を食べるだけでは、熱でほてった体は冷えない。そこが、末っ子ピチューにとって加減の難しい所なのだった。
「でも今は暑いんだから、ジュース飲んで水遊びをしたいでチュ!」
葉っぱの器を放り捨てて、末っ子ピチューは川遊びを始めた。ほかのポケモンたちと一緒に冷たい川の水を浴びて楽しくはしゃぎまわった。
さて、夕方になると、ポケモンたちは風邪をひかないうちに川から上がり、夕食の木の実を集めた。今年は猛暑なので、暑さに強い木の実が豊作だ。集まったポケモンたちの腹を満たすには十分な量の木の実が取れた。
「いただきまーチュ!」
末っ子ピチューは、ピカチュウの両親から木の実をもらい、兄弟たちと一緒に食べる。木の実は太陽の光を吸って大きく成長しており、果肉も程良いかたさで歯ごたえがある。
「おなかいっぱいでチュ!」
木の実ジュースをたくさん飲んだとはいえ、そのあと川遊びをたくさんしたので腹は減っている。末っ子ピチューは他の兄弟と同じぐらい食べてようやっと満腹になった。
たくさん遊び疲れてたくさん食べたら、後は朝までぐっすりと眠るだけ。いつも通りしっかりとトイレを済ませてきちんと手を洗い、末っ子ピチューは兄弟達と並んで柔らかな藁の寝床で眠りについた。
「……」
一体どのぐらい時間が経ったのだろうか。ピチュー達兄弟はすやすやくうくうと愛らしい寝息を立てて夢の世界を旅している。それなのに、
(ね、眠れないでチュ……)
どうしたのだろう、末っ子ピチューだけが全く眠らずにいるではないか。
(あんなにいっぱい遊んで疲れてるはずなのに、なんで眠れないんでチュか?)
確かに疲れている。それはわかるのだ。だが、なぜ眠れない?
末っ子ピチューは何とか眠ろうとしてまた目を閉じた。隣に寝ている兄弟達の寝息を聞かなければ眠れるかと耳をふさいでみた。逆に兄弟の寝息と自分の呼吸を合わせれば自然と眠れるかと試してみた。
眠れない。
(ど、どうすればいいんでチュ?)
末っ子ピチューは焦った。
(そ、そうでチュ! おトイレしたらすっきりするから眠れるかもしれないでチュ)
そっと寝床から身を起こし、外ですませる。南天に昇った月の照らす冷たい小川で手を洗い、最寄りの茂みの葉っぱで両手を拭く。これならきっと眠れるはずと、末っ子ピチューは期待しながら再び寝床の藁へと戻り、横たわって目を閉じてみた。
(ね、眠れないでチュ……)
徒労に終わった。
(ど、どうすればいいんでチュ!? 全然眠くならないなんて信じられないでチュ)
夜が明けるまでにはまだたっぷりと時間が残っている。だが朝日が昇るまでに眠れなかったらどうしよう。末っ子ピチューは本当に焦った。
しばらく悶々と考えた末、末っ子ピチューの結論は、
「こうなったら、眠くなるまで遊んでやるんでチュ!」
巣穴から外へ出て、夜の散歩をしているゴーストポケモンと遊ぶことだった。
外に出た末っ子ピチューを見つけ、ゴースの群れが近づいてくる。
「いよう、おまい寝てなくていいのかい?」
「全然眠れないんでチュ! だから眠くなるまで遊ぶんでチュ! 疲れたら眠くなれるからでチュ! 遊んでほしいでチュ!」
「面倒くさいことするねえ。催眠術かけてやるから、そしたら眠れるだろ。おいらたち静かに散歩したいからよお、おまいと遊ぶ暇ねえのよ」
そうそう、と他のゴースたちも頷く。結局、末っ子ピチューはゴースの催眠術で強引に寝かせてもらう事にした。
ゴースの目から放たれる怪しい色の波紋が末っ子ピチューの目をとらえると、末っ子ピチューはすぐに眠気を催してきた。瞼が異様に重くなり、倒れそうなほど脚がふらついてくる。
「あ、これなら眠れそ……」
ゴースたちに礼を言う暇もなく、末っ子ピチューは柔らかな草の上に倒れてぐうぐう寝息を立て始めた。
「ふー。眠った眠った。さあ散歩の続きだ。チビにつきあって遊んでたらマジで夜があけちゃうよ」
ゴースたちは群れて、散歩を再開した。
朝日が昇るころ、末っ子ピチューは盛大にくしゃみをして目をさました。
「あれ、ここはどこでチュ?」
巣穴の寝床ではなく、外で寝ていた事に気づいた。そして寝た原因がゴースたちの催眠術によるものだと思い出す。
「眠れたでチュ! ゴースたちのおかげでチュ! はっくしょ!」
大喜びの末っ子ピチューだったが、風邪をひいたのは避けられなかった……。
昨日と異なり涼しい日なのに、末っ子ピチューは遊ぶどころか寝床で風邪を治さねばならず、遊びに行けない不満を抱え続けていた。