夜のお話



 夜になると、皆、ヒトカゲの『火の粉』で焚かれる小さな焚き火の周りに集まる。そして、語り手の言葉に耳を傾ける。
 語り手たるヨルノズクの、毎年恒例の「こわ〜い話」が始まった。

「怖かったなー、あの話」
「うんうん。そうだよね。すっごく怖かったよ」
「特にさ、あの『ウラメシヤ〜』って、でてくるとこ」
 ヨルノズクの話す「こわ〜い話」は、基本的に、眠れなくなるほど怖い。しかも、すごんだ口調で、目をぎょろぎょろさせて話すので、より一層怖さが増すのである。毎年恒例の「こわ〜い話」が終わった後、ポケモンたちはめいめいの住まいへ戻るが、この行事の後は、単独で眠るポケモンの方が珍しい。大抵、二、三匹以上で固まって眠る。ヨルノズクの話は怖いので、聞いた後はなかなか一人で眠れなくなるのだ。
『ユウレイッテ、ニンゲンノカタチシテルワケジャナインダネ』
 アンノーンは目をぱちくりさせた。側で、ゴーストがにやにや笑う。
「おれっちはポケモンだぜ、ユウレイなんかじゃないぜ」
「わかってるって。でもユウレイなんて、物知り博士の作り話だろ。オレはこわくねえ」
 鉤爪を光らせ、ニューラは威勢よく言葉を出す。側でエネコがニャアニャア笑う。
「話が一番怖くなったとき、腰抜かしたのダレだっけ?」
「あんだとお!」
「まーまー、止しなよ、ケンカなんて」
 ヒトカゲがいさめる。
 ポケモンたちは五匹でかたまって、これからエネコの住処に向かうところである。ヒトカゲの尾の炎の光を頼りに、一同は歩いていた。
 ふと、アンノーンが止まる。
『ネエ、アレ、ナアニ?』
 見ると、巨木の側に何か青白く光るものがある。薄ぼんやりと光るそれは、まるで青い炎のようにも見えた。
「ま、まさかあれって……」
 ヒトカゲがぶるっと身を震わせる。それに呼応するかのように、一同の頭の中に、ヨルノズクの話の一部がこだまする。
『ふと山道を歩いていると、前方に突然、青白い炎が現れて、行く手を塞ぐんじゃ。そしてその炎は、まるでこちらをからかうかのように、右へ、左へと、揺れ動く……』
 青白い炎は、右へ、左へと、揺れ動く。
ポケモンたちはぎょっとした。ヨルノズクの話が、この場で、再現されている。
「あ、ああ、あれが、ゆ、ユウレイなもんかっ!」
 ニューラが最大限にまで勇気を振り絞り、『電光石火』で青白い光に跳びかかった。だがニューラの鉤爪は、その青白い光に届かなかった。なぜなら、ニューラの爪は、巨木の枯れ枝に引っかかってしまったのである。
 青白い光は、しばらく辺りを漂ったが、突然フッと消えた。
「消えたあああああっ」
 ポケモンたちは一斉に悲鳴を上げた。
 木々の間を隙間風が抜けて、巨木の枝葉を揺らす。その葉の擦れ合う音が、クスクスと笑う声のように聞こえてくる。それが余計にポケモンたちの恐怖心をあおる。足がすくんで(足のないポケモンもいるが)、動けない。
 アンノーンの『目覚めるパワー』が、発動した。木々を光が照らし、風がやむ。それと同時に、笑いさざめくような音もやんだ。
 何の音もしなくなり、一同はほっとした。枯れ枝から脱出してきたニューラも、ほっと一息ついた。

「いよう!!」

 突然の大声。それと同時に、ヨマワルが姿を見せる。
「いよ、お前さんがた、何やってんだい、ブルブル震えちまって」
 明るい調子で話しかけてきたヨマワルだったが、ポケモンたちを怯えさせるには、さきほどの大声で十分だった。ポケモンたちは悲鳴を上げ、まるで短距離走選手のごとく、ものすごいスタートダッシュで逃げ出したのだから。
「アレ? なんで逃げちまうんだよ。な、ヤミー」
 ヨマワルの後ろから、ヤミラミが姿を見せる。その青い目が、月の光を反射して、まるで炎のきらめきをみているような光を放つ。
「そだな。声かけようと近づいていったら、いきなりぶるぶる震えるしさ、何があったんだろうなあ」
 ヤミラミも、ヨマワルも、首をかしげた。

 ヨマワルとヤミラミが去ってからしばらくして、巨木の一本にまたしても青白い光が現れ、今度は人の形を取った。そして、誰もいない巨木の林の中を、足音もなく、どこかへ歩き去っていった。