にらめっこ



 掛け声と同時に、互いに互い、精一杯面白い顔をしなければならない。そして、相手の顔を見て笑ってしまったら、負け。
 これが、にらめっこのルールだという。人間は面白い遊びを考え付くものだと思いながら、ヒトカゲは目の前にいるマルノームを見つめた。どこか間の抜けた顔をしているが、特に面白い顔を作らなくても、ちょっと額に皺を寄せればそれだけで笑える顔になるのではないかと、密かに考えた。
 マルノームが顔をぷっくりと膨らませる。元から丸っこい体なのだから、空気を吸い込むだけで、丸さは倍増する。ヒトカゲは火のついた尻尾を振った。
「に〜らめっこ、しましょ! あっぷっぷ〜!」
 小さく尖った爪で、ヒトカゲは自分の顔をぎゅーっと左右に引っ張った。マルノームは、顔に生えたヒゲを動かして、くにゃっと自分の目の上にハートマークを作って顔を膨らませた。
「……」
 両者はしばらくにらみ合っていたが、やがて、マルノームが笑った。
「あ、笑ったな〜。マルノームの負け〜」
 ヒトカゲは顔を引っ張るのを止めたが、それでもまだ、顔は左右に伸びたままだった。それが、さらに笑いを誘って、マルノームはしばらくの間、ごろごろと転がりながらも笑っていた。
「ええ、そんなに僕はおかしな顔してんの?」
 ヒトカゲに言われ、マルノームは否定しない。
「うん。鏡、みてみなよ」
 ヒトカゲは、手近にあった手鏡を掴み、自分の顔を見た。引っ張られすぎて左右に伸び広がったまま、ほとんど原型をとどめぬ自分の顔。
「キャハハハ!」
 自分の顔を見て、ヒトカゲは自分で笑う羽目になった。自分で自分の顔を見て笑うとは。自分ひとりで、にらめっこをしているようなものではないか。
 ヒトカゲは腹がよじれるまで笑いころげた。

 ヒトカゲの顔が元通りに戻ったのは数分後。
「に〜らめっこ、しましょ! あっぷっぷ〜!」
 ヒトカゲは、今度は自分の目をつりあげ、べー、と舌を出す。マルノームは今度は顔をぺちゃんこにして、横に長く伸ばしてひげをくねくねと動かした。
「……」
 しばらく両者はにらみ合った。
「ぷははは!」
 笑い出したのは、ヒトカゲだった。腹を抱えて笑い転げる。
「その顔ないよ〜! ぷはははは! 横に、横にぺっちゃんこ……」
 笑いすぎて、しゃべる事も困難なほどらしい。それほどマルノームは面白い顔になっているのだ。ぷっくり膨れても、ぺったんこになっても。
「そんなに面白い〜?」
「お、面白すぎ……わははは!」
 ヒトカゲは脚をバタバタさせて笑い転げた。

 このにらめっこは、引き分けとなったが、ヒトカゲの腹を筋肉痛にさせた点については、マルノームの勝ちであった。