お化け屋敷



 この町にある大きな遊園地には、当然お化け屋敷もつきものだ。客を怖がらせるために登場するお化けは、当然、アルバイトがそれに扮して演じているわけであるが、中にはゴーストポケモンも混じっている。アルバイトたちだけでは人手が足りない時に、黒い霧や驚かすなどの技でもって、演出を担当してもらっている。町のゴーストポケモンたちはイタズラ好きが多く、報酬のポケモンフードやお菓子とひきかえに、喜んでこの演出を引き受けている。
 さて、その遊園地には、人間だけでなくポケモンの入場も許可されている。もちろんポケモンがお金を持っているはずがない。人間はちゃんと入場料を支払ってもらうが、ポケモンの場合は、係員のポケモンたるツボツボに木の実を渡さなくてはならないのだった。

 昼下がり。
「あー、楽しかったあ!」
 ポケモン用ジェットコースターからとびおり、ミジュマルはぴょんぴょん跳ねた。
「あー、くたびれたあ……」
 フタチマルは転がり降りるや否や、傍のベンチにもたれかかった。人間用のベンチなので普通に座るには大きすぎる。
「楽しかったかい? じゃそろそろ帰ろうか?」
 父親のダイケンキは息子たちを背中に載せようとしたが、ミジュマルは首を振る。
「えー、今度はあそこ行きたい!」
 ミジュマルが指さしたのは、お化け屋敷。それを見て、兄のフタチマルは眉間にしわを寄せる。
「もう疲れたよ、帰ろうよ」
「あそこ行ったら帰るから、いこーよ」
「何だよ、遊園地に来た時は、入りたくないってダダこねてただろ、おまえ」
「んむう。いいじゃんか! あそこ行くの!」
 ミジュマルがその後もだだをこね続けたので、とうとうフタチマルとダイケンキは折れた。
「お父さんも一緒に入るから」
 ということで、父親同伴でお化け屋敷に入場することになった。
 お化け屋敷の入場の前に、係員のムウマージからお化け屋敷の簡単な案内図を受け取った。大雑把なお化け屋敷のルートが描かれている。
 ミジュマルはスキップしながら、フタチマルはため息をつきながら、ダイケンキはその後から、お化け屋敷の入り口をくぐった。
 お化け屋敷と聞いて連想するのは、墓地や、廃墟、不気味なBGMと客の悲鳴、脅かし役の不気味な声、と言ったところであろうか。このお化け屋敷は、墓地と奥の古びた教会という構成で、人工芝や傾きかけの不気味な墓標があちこちに見え、奥にはおんぼろの廃墟が見えている。それでも、お化け屋敷の天井からは、暗くし過ぎない程度の弱い光が降り注いでおり、地図を見るには困らないようになっている。
「うわー……」
 あれだけの威勢のよさはどこへ行ったのだろうか。ミジュマルは、中の暗さと、時折流れてくる生温かな風と、ごくたまに聞こえる悲鳴に、すっかり縮こまってしまった。
「何だよ、もう縮こまっちゃって」
 フタチマルは不機嫌に言った。ミジュマルは大きく身震いしたが、それでも、
「だ、だってお化け屋敷に入るの、初めてなんだもん! ちょっとびっくりしただけだもん!」
「ほら、先に進むぞ。お客さんが入ってくるんだから、ここに立っていちゃあ、邪魔だぞ」
 ダイケンキに促され、兄弟は歩きだした。ダイケンキがのそのそと前進を始めた所で、後ろの厚いカーテンが開き、お化け屋敷の探険に来たオタチが何匹か、ころころと転がりこんできた。
 ダイケンキ親子は、まず、墓地を歩く。
「ここをまっすぐに抜ければいいらしいぞ」
 周りに見えるのは、人工芝や、敷き詰めてある偽の土だが、照明が暗い事もあって不気味な雰囲気を作り出す効果は抜群だった。まるで本当の墓地を歩いているかのようだ。たまに遠くをズバットが飛んでいくのが見えるが、道案内ではなく、不気味な雰囲気作りのためらしい。ずっと後ろにいるオタチの群れがキャーキャー騒いでいるところからしても、それは成功しているようだ。
「うう……」
 ミジュマルは周りをきょろきょろ見ながら歩いている。脅かし役のポケモンが墓標の裏や茂みの中から飛び出すたび、悲鳴を上げてはダイケンキの足にしがみついた。フタチマルはたまに驚きはするものの、悲鳴は上げず、その場にとどまった。
 墓地を抜けるころ、ミジュマルは、もじもじし始める。周りを見回し、何かを探す。頭上でズバットがキーキーと不気味な声をあげているが、それには全く耳を貸さない。
「どうした?」
 ダイケンキが聞くと、ミジュマルは小さな声で答えた。
「お、おしっこ……」
 言われて、フタチマルは案内図を見る。
「お化け屋敷の中にトイレはないな〜。外に出るしかないじゃん。でもこの先は廃墟だからそこを抜けないと、出口にたどりつけないな」
「うう、もれちゃうよお」
「ツボツボのジュースを飲み過ぎたのが悪いんだろ!」
「こら! 喧嘩は止めなさい!」
 ダイケンキは大声をあげた。
「じゃ、急いで出口へ行こう。お前たち、背中に乗りなさい。ここでおもらしすると、係員に迷惑だからな」
 ミジュマルとフタチマルがダイケンキの背中に乗ろうとした途端、
「ギャッヒャッヒャッヒャアアア!」
 いきなり、黒い布を体に巻きつけたヨマワルの群れが出現した!
「きゃーっ!」
 ミジュマルは仰天し、パニックに陥った。父の背中に乗るのも忘れて、近くの茂みへと飛び込んで逃げていってしまった!
「あっ、どこ行くんだよう!」
 フタチマルがその後を慌てて追いかける。
「あー、そっち行っちまったか」
 ヨマワルの1匹が甲高い声をあげた。
「そっちまだ整備中だから立ち入り禁止なのに」
「そんなことはどうでもいい、追いかけねば!」
 ダイケンキは、軽々と茂みを飛び越し、子供たちが走った方向へ向かう。ヨマワルの何匹かはその後を追い、残りはスタッフルームへと飛び込んだ。パニックになって逃げ出したミジュマルと、追いかけていったフタチマルが、整備中のエリアに入りこんで怪我をしないうちに。

 怯えたミジュマルは泣きながら走っていた。どこを走っているか、自分でもわかっていない。茂みを通り抜け、墓標の傍をすり抜け、棺の群れを通過する。何かにつまずいて転んだ。人工芝がはがされた、むき出しのコンクリートの部分に、ミジュマルは頭からぶつかった。
 べそべそ泣いていたミジュマルの声を聞きつけてか、フタチマルがやっと追いついてきた。
「おーい! ここにいたのか!」
 転んだ痛みで泣いていたミジュマルは、ふりかえる。涙をボロボロこぼしたその目に、赤い光に照らされたフタチマルの姿が映った。ガサガサと人工の茂みをかき分けたフタチマルに、涙と鼻水をこぼしながら、ミジュマルは痛みも忘れて飛び付いた。わあわあと泣くミジュマル。フタチマルは、
「わかってるわかってる。さ、早くお父さんのとこへ戻るぞ。トイレ行くんだろ? こ、こっちだって、トイレ行きたいんだから……」
 フタチマルはブルッと小さく身震いした。
「ええと帰り道は――」
 周りを見回した。赤いコーンとランプ、工事現場でよく見かけるものばかりだ。そしてここには、むきだしのコンクリートと、辺りに積まれた麻袋、大きな看板。書かれている文字はおそらく「たちいりきんし」……。
「ここ、どこ?」
 フタチマルが、泣いているミジュマルを抱えて、おろおろし始めた時、
「あっ、いたぞー!」
 遠くから聞こえた声。見上げると、ヨマワルとズバットが天井のあたりを飛んでいる。続いて、激しい物音が聞こえ、
「ここか! 大丈夫か?!」
 息を切らして姿を現す巨体、ダイケンキ。父の姿を見た兄弟は、安堵でその場にぐったり座りこんでしまった。
「あ……」
 ミジュマルの声。温かな濡れた感触がミジュマルとフタチマルの足元に広がってしまった……。

 ミジュマルは、尿意が収まったのと、スタッフのポケモンから飴をもらえて上機嫌。整備中のコンクリートに広がった黄色い池の後始末に追われる係員のポケモンに、息子の失敗を深く詫びたダイケンキの背中に乗ってイチゴ味のそれを舐める。一方でフタチマルは、廃屋の教会に入ったばかりの早く出ようと父をせかしていた。
「早く出ようよ! トイレいきたいんだからさあ……!」