夜の丘
「キレイな満月だねえー」
ライチュウは尻尾を振りふり、小高い丘の上に座って、誰ともなしに口を開いた。
「お月見には早いけど、これはこれできれい」
雲ひとつ無い夜空。真っ白な満月。さわやかな風。
「今年はちょっとだけ寒いけど、梅雨が来れば、一気に蒸し暑くなるだろーなー」
かたわらに積み上げている木の実をポイポイと口に放り込みながら、ライチュウは脚をバタバタさせる。月は相変わらず明るい光を地上に投げかけている。昼間ほどではないが、周りを見回すくらいなら十分な明るさだ。
月を眺めていると、横から足音が聞こえた。見ると、月明かりに照らされて、ブラッキーが夜の散歩の途中。額の赤い飾りが光って、ちょっとだけ不気味。
「よー。なにやってんだ」
ブラッキーはちょこちょこと小走りでライチュウの側に寄った。ライチュウは口の中の木の実をごっくんとやっと飲み込んで、返答した。
「何って、眠れないから散歩のついでにお月見してるの」
「お月見？ まだ春じゃん。お月見っていうと秋にやるもんだろ？」
「でもさ、今夜はこんなに月が綺麗なんだからさ、見ないと損だよ」
「そりゃそうなんだけど」
ブラッキーは後ろ足で耳の後ろをかいた。
「それ一つくれない？ 散歩してたら腹減った」
「いいよ」
ライチュウとブラッキーが並んで月見を楽しんでいると、後ろから不意に声が降ってきた。
「いよう！」
思わず飛び上がった！
ゴーストが、声をかけたのだ。
「脅かさないでよ！」
「あ、びびった？ うひひひひ、イタズラ大成功！」
大笑いしながら、ゴーストはどこかへ去ってしまった。
「タチ悪いイタズラばっかりするなっての。心臓が飛び出るかと思ったよ」
「ホントに。根は悪くないのが、唯一の救いだね」
「うん。アレで悪気があったら、たまらないって」
ゴーストのイタズラ好きは渓谷でも有名だ。
「それより、月がきれいだねえ」
「そうだねえ」
かたわらに積み上げた木の実を食べるのは、今度は忘れていた。それほど、今夜の月はきれいだったから。
翌日は曇りだった。さすがに今夜は月が見えない。風が湿っており、翌日は雨になりそうだった。
「しけってるな〜。こりゃ散歩はサッサと切り上げたほうがよさそう」
ブラッキーはちょこちょこと丘を横切って林に向かっていった。誰もいなくなった丘を風が駆け抜けて、サワサワと草を撫でていった。
一時間ほど経って、ポツポツと雨が降り始め、やがてザーザーと激しい雨に変わった。
新月の夜。雲ひとつ無い夜空。晴れ渡っているのに、月はなく、星が輝くばかり。だが、この丘にいるポケモンたちは皆ワクワクしていた。なぜなら、この夜、流星群が見られるのだとヨルノズクが言ったからだ。昼には当然見えないので、夜に鑑賞しようというわけ。皆は丘の草原に寝転び、たくさんの木の実を持ち寄って一箇所に積み上げる。川原では水ポケモンたちが顔を出して、早く流れてこないかと夜空を見ている。
「あっ」
真っ先に声を上げたのは、子ミュウだった。同時に、キラリと星が一つ明るい尾を引いて空を横切る。それを見て、皆は「おお〜っ」と声を上げた。
「わーっ、きれいきれい！」
それからも次々に流れ星は空を横切った。
「あれでっかいよ！ あっ、また光った！ さっきのほうがでかかったな〜」
「いやアレもおんなじくらいだってば」
「わー、キレーイ」
「あっ、ほら次だ！ こいつのほうがでっかいぞー」
ポケモンたちはきゃっきゃとはしゃぎ、首が痛くなるのも忘れて、流れ星に熱中した。流れ星はそのまま何時間も続き、明け方が近くなってやっと流れるのをやめた。それでも、誰も眠ろうとしなかった。流れ星を見た興奮が続いていたのだ。
昼間の丘で、大勢のポケモンたちが昼寝を始めるのに、理由は要らない。
上弦の月。
「あー、いいイタズラしたぜ〜」
イタズラ好きのゴーストはケラケラ笑いながらフワフワと丘の上を飛んでいた。月明かりは雲の隙間から漏れてきて、地上を弱弱しく照らす。寂しそうな風が吹いて草を少し揺らす。
「お、今夜はいい月夜になりそうだぜ」
ゴーストは丘を通り抜ける。が、林に入る直前に、目を見開いた。
「何だ、あいつ」
ボヤ〜ッと青白い光が、林の中から見えてきた。あれは何の光だろう。ポケモンの光？
「うんにゃ、あれはちげーな」
近づいてみる。青い光を放つやつなんかいただろうか？ いや、いなかった。
青白い光は、ゆっくりと移動しているようにも見えてきた。その光をよく見ると、炎のように揺らめいている。が、ゴーストは特に慌てなかった。
「なーんだ。おいらのじいさんが言ってた、ヒトダマってやつの類かよ。それにしても、こんなところまでそんなのが迷い込んでくるんだなあ。世界は広いようで狭いんだなあ」
青白い光はゴーストに興味を示さず、側を通り過ぎて丘に向かう。ゴーストは面白半分に光のあとをつけていく。青白い光は丘にたどりつくと、しばらく月光を浴びた。やがて月の光が完全に雲に隠れて閉ざされてしまうと、その青白い光も一緒に消えた。まるで煙のように。
「あ、消えた。つまんねーな、どこに行くかつきとめたかったのに。でもしょうがねえや、ヒトダマは気まぐれなんだからな〜。さ、おいらも寝にいくかね」
ゴーストは欠伸しながらねぐらを目指す。
無人の丘。再び月の光が雲の隙間から差し込んで、丘を照らす。すると、先ほど消えたはずの青白い光がまた出現した。月の光に照らされる青白い光は、しばらくその場にとどまっていたが、やがてどこかへと去っていった。
丘は静かになった……。