大晦日の夕方
「あーあ、また焦がしちゃったッス」
ヒトモシは、隅の焦げた座布団を見て、しょんぼりした。座布団で寝ると、いつも必ず焦がしてしまうのだ。
「でも、燃えてボヤが出るよりはいいッス!」
座布団の焦げた所をこすってみる。とりあえず、大丈夫。これ以上は燃え広がらない。ヒトモシは座布団を片づけてから、寺の外に出る。
「寒いッス!」
寺を訪れる人々。今日は大みそかだからだということを思い出す。夕方六時前、町には既に街灯がともっている。既に夜の帳が覆いかぶさり、雲ひとつない空が広がる。
「さーて、今年も除夜の鐘の音を聞いて、年越しッスね!」
自分が鐘突きをするわけでもないのに、ヒトモシはわくわくしていた。ヒトモシは毎年、除夜の鐘を聞いて新年を迎えることにしているからだ。そのため、大晦日の夕方からはずっとわくわくしどおし。
「さーてさて、腹ごしらえするッス!」
ヒトモシは寺に戻って、ポケモンフードをほおばり始めた。
「とちこちだって」
「それを言うなら、年越しだよ」
ツタージャとジャノビーの兄妹は、明るい商店街を歩いていた。これから帰宅するところなのだ。
「おいしそうなにおいがいっぱいだね」
ツタージャが、商店街に流れる食べ物のにおいにつられて店に入ろうとするのを、ジャノビーが引っ張って止める。
「入っちゃだめだって。これから晩御飯だろ!」
「むうー、あたし、おなかすいたあ」
ジャノビーとて空腹なのは一緒だ。しかし人間の金を持っていないのだから、店内に入っても注文などできない。さっさと住まいへ戻って、ポケモンフードで腹を膨らませよう。
「我慢しろよ。俺だって腹減ってるんだから。それに今日は大晦日だろ。除夜の鐘を聞くんだろ?」
「そうだった、そうだった!」
ツタージャは途端に元気になった。
「お兄ちゃん、早く帰ろう! ごはん、たくさん食べて除夜の鐘聞くの!」
毎年ツタージャは最後まで鐘を聞かずに途中で眠ってしまうのだが……。
ツタージャとジャノビーの兄妹は、急いで商店街を抜け、住まいへと急いだ。
ドンカラスとヤミカラスの群れが町の上空をはばたいて、神社の方へと急ぐ。そこに住処が作られているからだ。
「うわー、あいつら、大晦日だからって急いでいるなあ」
散歩から帰ったばかりのガーディは、窓からその群れを見て、声をあげた。
「それにしても町中がそわそわしてる。まあ当然か、今日は、なんたって大晦日だもんな!」
皿に盛られたポケモンフードを食べおわると、ガーディは、マットの上に寝転んだ。これからここで一休みだ。除夜の鐘が鳴るまで。寝転んだまま窓から外を眺める。大勢の人が行き来しているのが見える。
「今日は雨もないから、結構大勢のひとが寺に行くだろうな。でも、僕はここで寝ながら鐘を聞こうっと。外に出るのは、もう面倒だし……」
待っているつもりだったが、ガーディはそのうち居眠りを始めてしまった。
「おーい、掃除終わったかあ?」
定食屋は、早めの店じまい。ズルズキンは、汚れた食器を洗いながら、食堂で掃除をしているゴチミルに話しかけた。
「まだおわってないヨ!」
ゴチミルは念力でほうきを動かしながら答えた。重いものを自分で動かすより、念力で動かす方が疲れなくて済むのだ。ほうきでごみを掃いた後はテーブルの雑巾がけ。その間、食堂に置かれたテレビは、ニュース番組を流し続けた。
めいめいの片づけが終わると、ズルズキンとゴチミルはポケモンフードをたらふく食べ、夫婦と一緒にテレビを見る。これから除夜の鐘を聞いて新年を迎えるまでの時間つぶしをするためだ。テレビはニュースを流し、別のチャンネルではバラエティを流していたが、テロップで、新年を迎えるまでのカウントダウンが始まっていた。
町中が、わきたっている。
大勢の人が最寄りの寺へと向かって歩いていく。晩い時間帯だと言うのに、明かりの消えている家が少ない。それは当然だろう。皆、除夜の鐘を聞きながら年越しをするものばかりなのだ。
「始まったッス!」
除夜の鐘が鳴り響く。ヒトモシは人混みを避けて石の上に座って、それを眺めた。
そうして、鐘つきも中ほどまで過ぎた頃だろうか、町のテレビやラジオは一斉に、「あけましておめでとう!」と新年を祝い始めた。そして、この寺でも、訪れた人々が一斉に新年のあいさつを交わし合った。
「あけまして、おめでとうッス!」
新しい年が始まった。