ピクニック
「今日は楽しいピクニックでチュ!」
末っ子ピチューは、うきうきしながら、兄弟たちと一緒に林の中を歩いている。行き先は、ポケモン渓谷の東にある、モモンの林。色々な木の実がたわわに実る時期、ピチューたちは甘いモモンが特に大好きなのだ。弁当も何も持っていないが、現地でやまほどモモンの実を食べればいい。
「あ、ちょっと喉が渇いたでチュ」
末っ子ピチューは、いったん兄弟たちから離れ、傍を流れる川の水をすくって飲んだ。
「飲みすぎると、トイレ行きたくなるぞー」
「だいじょうぶでチュ。お出かけする前にすませてまチュ」
「でも、モモンの林までまだまだ距離あるよ? 行きたくなっちゃうかもしれないじゃん」
「大丈夫でチュ、一口飲んだだけだし」
末っ子ピチューは自信たっぷりに言ったが、兄弟たちは心配そうな顔をした。
「さ、行くでチュ。おひるごはんはモモンの実でチュ!」
大丈夫だろうかと兄弟たちは顔を見合わせた。なぜって、ここから先は、トイレになりそうな場所はどこにもないからだ。だが、とりあえず出発することにした。
モモンの林にたどりつくには、林と小道を通りぬけ、さらに丘を越えていく必要があった。ピチューたちの足で数時間歩いてたどりつける距離だ。
朝早くに巣穴を出発し、何度か休憩をはさみながら歩いていく。今日は天気も良く、絶好のピクニック日和。ピチューたちの足は自然とウキウキしている。早くモモンの実を食べたいのだ。モモンの林に到着するころには、ちょうどよく腹が減っているだろう。
「あ……」
丘を登る途中、末っ子ピチューは急にわずかな尿意を覚えた。モモンの林まで後一時間ほどというところである。トイレに行こうか迷って、周りを見回す。しかしトイレとして使えそうな場所は無い……。
(で、でも、まだまだ我慢はできるでチュ)
そう、まだまだ我慢できる。尿意を忘れてしまえるほど、夢中になれるものが何かあるならばの話だが。
(モモンのことを考えれば我慢できるはずでチュ!)
たわわに実ったモモンの実。口に入れてわずかに力を入れて噛むだけで、甘い果実の汁が口いっぱいに広がっていく……。
(駄目でチュ……)
モモンのジュースを想像しただけで、尿意が増した……。
丘を登り切ると、今度は下り坂だ。丘を下ってからしばらく歩くとモモンの香りが風に乗って流れてくる。丘の下に広がる林の中に、モモンの木がたくさん生える林があるのだが、あいにくそれは林の最奥にあった。
ピチューたちは、大きな葉っぱを木からむしりとって、そりの代わりにする。葉っぱの上に乗って丘を一気に下っていくのだ。
「ひゃっほー!」
兄たちは楽しそうに滑り降りていく。だが末っ子ピチューはこれが苦手だった。丘が急なので怖いのと、今は、トイレを何とか我慢しているところなのだ。坂を滑り降りる恐怖で失禁してしまったら最悪だ!
「で、でも行かないと……!」
モモンの林の傍に流れる小川のあたりになら、トイレとなる場所があったはず。末っ子ピチューは思い切って、葉っぱをむしり取り、それに乗って、坂を滑り降りた。
「きゃーーーーっ!」
急降下。末っ子ピチューの全身が縮みあがって、頬の電気袋から、派手に電気が放出された。無事に、坂を滑り降りた時には、末っ子ピチューの全身は総毛立っており、泣きそうな顔をしていた。だが幸い、失禁はしていなかった。
(と、トイレ……)
腹も減ってモモンの実を食べたくて仕方ないが、それ以上に、末っ子ピチューはトイレに行きたくて仕方なかった。最初は我慢できた尿意も、今では限界に近い。一時間も経てば当たり前だ。
「さ、あとちょっとだ。がんばろー」
兄たちは足取りも軽く、林へとはいる。末っ子ピチューも遅れて林に入る。小川の流れるサラサラという音が聞こえてきた。
「やったでチュ!」
末っ子ピチューは小川に向かって駆けだそうとしたが、
「おーい、どこ行くんだよー。早くしないと、モモンが一個もなくなっちゃうぞー」
兄たちに呼ばれた……。
「うう、おトイレ……でもおなかすいたでチュ……」
末っ子ピチューは数秒ほど迷ったが、結局兄たちの後を追った。モモンの林の傍にも、小川が流れているのだから、ここでトイレをすませても、モモンの林でトイレを済ませても、変わらないだろうと思ったのだ。
「待ってー」
限界に達した尿意を何とかこらえながら、末っ子ピチューは走った。林の最奥から、モモンの甘い香りが風に乗って流れてくる。兄たちのはしゃぐ声も聞こえてくる。
兄たちが、モモンの木によじのぼって、枝から実をもいで食べていた。
「おーい、早くのぼらないと、なくなっちゃうぞー」
「食べるでチュ!」
末っ子ピチューは、急いで、細い幹によじのぼった。空腹が、尿意に打ち克ったのだ。一生懸命よじのぼり、太い枝を選んでズルズルとはいずるように先端まで移動する。たわわにみのるモモンの実。手近なものを一つつかみ、もぎとる。柔らかなモモンの実の感触。甘い香り。末っ子ピチューはモモンの実を口に入れる前に、枝の上に座りなおそうとした。
途端にバランスを崩し、末っ子ピチューは枝から滑り落ちそうになった。とっさに枝をつかんでぶらさがったのは不幸中の幸い。とったばかりのモモンの実は落ちて潰れてしまったが、今はそんなことなどどうでもいい。
「ふー……助かったでチュ」
末っ子ピチューは安堵した。兄弟たちが、末っ子の無事を確かめるために、そろって枝を移動してくる。ひっぱりあげてもらった後、
「すっきりしたでチュ……?!」
体に広がる解放感に、末っ子ピチューは驚愕した。見れば、自分の枝から地面にむかって、液体が落ちていっているではないか! そして末っ子ピチューの感じた解放感の正体はまさしく……!
事態を飲み込むまで、皆はしばらく時間を要したが、やがて、
「あーっ、おもらししちゃったでチュ! うわあああん!」
モモンの林に、末っ子ピチューの鳴き声がこだました……。