昼下がり



 うららかな春の午後。丘の上にある大きなリンゴの木の下で、ライチュウが昼寝をしていた。雷の形をした尻尾とちんまりした手足を伸ばして、リラックスした姿勢で寝ている。
しばらくして、まるで人目を忍ぶように用心深い足取りでこのリンゴの木の側にやってきたのは、ニューラである。別に誰かに狙われているというわけではないのだが。
 ニューラはライチュウを見つけると、何の気なしに鉤爪でツンツンとつついてみた。つつかれたライチュウの電気袋からビリッと微弱な電流が走り、ニューラはギャッと小さく声を上げ、鉤爪を引っ込めた。その声に反応したのか、つつかれた事で目が覚めたのか、ライチュウは目を開け、大あくびした。
「ふわー」
 体を大きく伸ばして背伸びをした後、側に立っている、どこか怯えたような表情のニューラに気がついた。
「どしたの」
 ニューラは、ライチュウに見られたことを恥ずかしがるかのように、木の陰にこそこそと隠れた。
「オマエ、この木の下で何やってんだい」
「何って、昼寝だよ。だって、今日は暖かくて天気がいいから。それに、ここはボクらの遊び場だし」
「ボクら? オマエしかいないじゃんか」
「今日は、ね。明日になったら、たぶん来るよ。それより君、何でボクを起こしたの」
「お、起こしちゃいけなかったのか?」
「そんなことないけど」
 ライチュウは立ち上がり、ニューラの側による。だがニューラは遠ざかろうとする。
「どうして逃げるの」
「に、逃げるだと? このオレが逃げるだと? そんなわけないやい。オマエが危険な奴かどうか、確かめてんだよ」
 ライチュウは首をかしげた。そんなにボクは危険に見えるのかな。どこからどう見てもただのライチュウなのに。
 ニューラは、どこかびくびくした声で言った。
「お、オレな、この先にあるポケモン渓谷に用があんだよ。あそこに行けばみんなが……」
 ニューラの言葉はそこで途切れた。丘の下からはしゃぐ声が聞こえて、いろいろなポケモンたちが上ってきたからである。
「やっほー!」
 ライチュウは、ニューラの尻尾を掴み、もう片方の手で、丘を登ってくるポケモンたちに手を振った。ポケモンたちはすぐに応えた。そして、ニューラを見つけるなり、一斉にその周囲を取り囲む。
「ねー、新しいお友達ー?」
 間延びした声で、アチャモの背に乗っているウパーが問うた。ライチュウはこっくりとうなずいた。
「そだよ。友達いっぱい作りたいから、ポケモン渓谷に来たかったんだって」
 ライチュウの友人に囲まれたニューラは今にも逃げ出しそうだったが、尻尾を掴まれているので、そこで震えるばかり。だがライチュウの言葉を聞いて、慌てて口を開く。
「ち、違うんだよ、オレがここに来たかったのは弱虫じゃな――」
 訂正の言葉を、誰一人として聞いていなかった。
「わーい、お友達、お友達!」
 ポケモンたちははしゃぎ、総勢でニューラを胴上げした。ニューラは胴上げされながらも、否定の言葉を叫び続けたが、ポケモンたちの歓声にかき消され、誰の耳にもその言葉は入ってこなかった。
 胴上げが終わった後、皆はかわるがわるニューラと握手した。握手といっても、ニューラの手は鉤爪であるため、実際は手のあるポケモンは鉤爪をにぎり、そうでないポケモンは尾や羽で触れたのである。ニューラは散々胴上げされた上に叫び疲れてしまっていたので、こいつらに何を言っても無駄だと結論し、大人しく鉤爪を握られた。
「これで君も、ポケモン渓谷のポケモン村の仲間だよ」
 最後にライチュウが鉤爪を握ったとき、ニューラはため息をついた。この渓谷に来ればオレを弱虫呼ばわりする奴はいないと思っていたけど、代わりに友達呼ばわりする奴ばかりじゃん。……でも、弱虫扱いされるよりは、いいかもしれないな。故郷の森じゃ、どこへ行っても弱虫呼ばわりだったしな。
周りではポケモンたちがはしゃいでいる。
「よろしくね」
 ライチュウの言葉に、ニューラは照れるような小さな声で応じた。
「……よろしく」
昼下がりに、新しい仲間が増えた。