セレビィと納豆



 ウバメの森のほこら。最近、ヒワダタウンの老人たちがほこらを掃除していったばかりで、塗装がはげかけている以外は埃一つついていない。
 時渡りポケモン・セレビィをまつっているそのほこらには、かざりなおされた新しいしめ縄のほか、お供え物がいくつか置いてある。ポロックや小さなポフィンなど、トレーナーが置いて行ったと思われるものもある。お供えと言うより面白半分で置いてみたというところか。だが、木の実やお菓子などに交じって置かれた、目を引くお供え物が一つある。
 大きな、納豆入りのおにぎり。

「やっと来てくれたのね、おにぎりちゃん!」
 セレビィがほこらから飛び出し、真っ先に納豆入りのおにぎりをつかむ。まだアツアツのそれを一口食べると、頭の触角がピョコっと動いた。
「やっぱり納豆はヒワダ産じゃなくっちゃあ! この粘り具合がだせるのはヒワダだけなのよねー、店で買ったものは、駄目だわ。あれの粘り気は全然ダメダメ! 全然ねばっこくないもんね」
 このセレビィ、納豆が大好物。納豆が食べたいがために、昔からずっと、町の住人たちに「ヒワダの納豆をほこらにそなえよ」と、友達のムウマを通じて夢を見させている。おかげでヒワダタウンでは、炭焼き職人のほかに納豆職人も姿を現した。セレビィの好みの納豆が出来るまで、何度もセレビィはダメだしをしてきた。その甲斐あって、新しい納豆が出来るたびに大きなおにぎりに混ぜてお供えされるようになった。
「あんたまた食べてんのね〜」
 ムウマが木々の中から姿を見せる。
「そのねばねばした納豆のどこがいいのよ。変なにおいもするし、アタイはきらいよ」
「このネバネバがいいのよ。あつあつのおにぎりに入っている出来立ての納豆はサイコーよ! おしょうゆをちょっと垂らすのもいいし、カラシを混ぜてピリ辛っぽくするのもいいし、卵を落して混ぜまくるのもいいのよね〜」
「ハイハイわかったわかった。あんたが納豆について語り出すと軽く一時間は喋るんだから……。コレ、もらうわよ。今回の報酬ね」
 ムウマは、供え物の台に乗っているポロックをいくつか失敬して、住みかに戻って行った。
「これ美味しいのにな〜」
 セレビィは、ねばねばしている口の周りを葉っぱで拭きながら、つぶやいた。
「でも、人間にも納豆嫌いなタイプいるし、しょうがないっか」
 ムウマだけでなく他のポケモンにも納豆をすすめてみたことはあった。だが皆揃って、「くさい」だの「ねばついて嫌だ」だの、酷評だった。

 テッカニンが木にしがみついてミンミンと鳴きわめく八月。朝も早くから蒸し暑いが、木の陰にいればそんなに暑くはない。
「夏のおにぎりもいいけど、いたんじゃうからさっさと食べないとね〜」
 セレビィが、供え物をえり分けてから、そなえたてほやほやの納豆おにぎりをほおばっていると、近くの茂みがガサガサと音を立てた。
 顔を出したのは、この森にはいないポケモン。真っ黒な体で、ふさふさした尻尾を持ち、ロコンに似た顔つきをしている。が、どうもずる賢く見えてしまうのはその目つきのせいか。しきりにフンフンと鼻をぴくつかせ、何かのにおいをかいでいるようだ。
「あら、こんにちは。はじめまして」
 セレビィは納豆おにぎりを手に持ったまま、その小さなポケモンの傍による。その黒いポケモンはびくっとしたが、目をまん丸に見開いて硬直した。
「な、なんだそのニオイは……!」
 その真ん丸な目に映るのは、もちろん、納豆おにぎり。
「これ、納豆いりおにぎりよ。よかったら召しあがる?」
 食べかけのおにぎりをそのポケモンに差し出すセレビィ。
「い、いらねえやい、そんな変なニオイの……」
 言いかけたポケモンの腹が、ぐううううと大きな音を立てて鳴った。空腹に負けたのか、赤面したままそのポケモンは納豆おにぎりを一口かじった。
 途端に目の色を変えておにぎりをガツガツと食べ始めた。結局、おにぎりを全部食べてしまったのでセレビィのぶんは残らなかった。
「アー、うまかった」
 ポケモンはぺろりと舌舐めずりをしたが、あいにくその程度で口の周りのネバネバがとれたわけではない。セレビィは口の周りを葉っぱで拭いてやりながら聞いた。
「よかったわね。で、あなたどこから来たの?」
「おいら、ご主人探してるんだ」
 ご主人、ということはトレーナーのポケモンだろうか。
「こないだスゲー大嵐があったろ? その時おいらうっかりモンスターボールから出ちゃってさ、風に飛ばされちゃったんだよ」
 大嵐。そういえば覚えがある。一週間以上前のことだった。
「で、おいらご主人を探してるんだ。結構ジミ〜な感じのトレーナーだから、すぐわかると思うけどね。お前、見たこと無いか? この森に来てることは確かなんだ」
「ジミな人っていっぱいいるけど、服装は?」
「いつも黒い服着てて、そいつは長袖長ズボンで、髪の毛は背中までまっすぐ伸ばしてるけどそんなにクシは入れてない。人間でいうところのオッチャンて感じ。首に変わった飾りをつけてるんだ」
 セレビィは記憶をたどる。それから、ほこらのふたを開け、
「変わった飾り、ってこれのことかしら」
 途端にポケモンの目の色が変わった。セレビィが見せたのは、モンスターボールを模した金属の首飾り。
「そう、そいつだよ! ってことはお前ご主人知ってるか?」
「ううん。でも、今朝これがここに置いてあったの。わたしは寝てたから知らないけど……ヒワダタウンの人が拾ったのかもしれないし……」
「どーでもいいよ、そいつを貸してっ」
 飛び上がって、セレビィの手から首飾りをもぎ取る。そしてポケモンはしばらく地面のにおいをかぎ続けてから、森の奥へ駆けだした。
「ご主人はこっちだ! ありがとなー!」
 しっぽを振りながら、そのポケモンは森の奥へと去って行った。
「ずいぶんあわただしいわねえ。でも仕方ないっか」
 そこへ、ムウマが姿をあらわした。
「なあになあに、さっきの毛むくじゃら。見ない顔ね」
「トレーナーのポケモンなんだって。トレーナーとはぐれちゃったそうだけど、トレーナーの足跡みたいなのは見つけたみたいよ。追って行っちゃったから」
「へー。ところで、あの納豆おにぎり、あの毛むくじゃらにあげちゃったの? あんたの口が全然ねばっこくないけどさー」
「うん、おなかすいてたから、あげちゃった。食べかけだったけど」
「またお供えしてもらえばいいじゃん。食べ損ねた分、二個か三個要求すればいいのよ」
「えっ、いいの?」
「そのぶん、他のお供え物はお駄賃として貰うわよ。ヒワダタウン全員の夢に入り込むのは、ちょっとキツイんだからねっ」

 ムウマがヒワダタウンの住人の夢に入り込んで供え物を要求したおかげで、ウバメの森のほこらには大きな納豆おにぎりが十個、菓子や木の実が竹かごに盛られて、供えられた。
「きゃー、おにぎりいっぱいー!」
 セレビィは納豆おにぎりを食べるのに夢中。ムウマは木の実や煎餅をかじりながら、思った。
「ま、このくらいの報酬じゃなくっちゃね。さすがにおどかしすぎたかもしれないけど……」