それぞれ正月



「正月ってわからんねえ」
 ジグザグマは、正月休みの定食屋の裏手で、麩をかじっていた。
「モチっていう、固いんだか柔らかいんだかわからないものを食べるし……」
 定食屋の味噌汁に入っている麩が、ジグザグマの好物だ。
「あれ、ねばねばするし喉につまるし」
 麩を食べ終えてから、ジグザグマは商店街を歩く。人が少ないように見えて、近くの寺社には大勢の人が集まっている。屋台もたくさん出ており、よりいっそうのにぎわいを見せている。
「後で何かくすねに行ってみよう」

 毛の薄汚れたイーブイが、空きビルの一角で、おんぼろのダンボールによごれた毛布をしいて冬の住処にしている。割れた窓ガラスの外で粉雪がしんしんと降っているのが見える。
「うう、さむい」
 できるだけ毛を逆立てて体温の放出を防ぎながら、イーブイはもうひと眠りしようと毛布の中へもぐりこんだ。
「おトイレー」
「すぐそこだから我慢しろって!」
 ツタージャとジャノビーの兄妹が大急ぎで表の道を通り抜けていく足音を聞きながら、イーブイはにぎやかだなと思いつつ目を閉じた。

「ふあああああ」
 寺に住むヒトモシは大あくびをした。
「煩悩を祓う除夜の鐘をついたとはいえ、最近は夜中まで起きるの辛いッス。全部鐘をついたの確認したら、すぐ寝ちゃったッスからねえ〜」
 ゴーストタイプのポケモンなのだから、基本的に活動するのは夜のはずなのだが、このヒトモシは昼に活動し、夜はねているという生活スタイルを確立してしまっていたので、夜、あまりおそくまで起きていられなくなっている。
「供え物のおまんじゅうでも喰いに行くッスかね。嫌その前に、もうひと眠りするッス」
 焦げ跡のついた愛用の座布団に体を預け、ヒトモシは目を閉じるや否や、ぐうぐう寝息を立て始めた。

「餅ウマー」
 飼われているガーディは、ポケモンフードの次に、雑煮の餅をもらった。水を吸っているのでべとべとねばねばといった、柔らかいがやっかいな噛みごたえだ。噛みごたえを追求するなら焼いた餅のほうがいいけれど、雑煮の出汁を吸った柔らかな餅はガーディの舌にぴったりであった。
「美味いには美味いんだけど、もっちゃもっちゃしてて食べづらい……」
 フードのようにあっさり噛み砕けるものではない。何度も咀嚼してようやっと半分に噛み切れる。しかし噛み切った時に口に広がる出汁の味は、ガーディの好きなものであった。これのためなら何度でも咀嚼はできるが、逆を言うとそれ以外の食べ物でもぐもぐと噛んだりはしたくない。さっさと腹に収めたいから。

「正月は遊園地がおやすみー」
 ミジュマルはつまらなさそうに、オレンの実を口に押し込みながら、閉まっている遊園地の門を見る。
「しょうがないよ、正月なんだから。正月はほとんどお店が休んじゃうんだし」
 フタチマルが近くの街路樹からポキポキと細い枝を折っては、ダイケンキに叱られる。フタチマルとしては小枝があっさりと折れる感触を楽しみたいだけなのだが。
「お正月早く終わらないかなあ」
 オレンの実を口の中で噛みつぶし、ミジュマルはつぶやいた。

 今日は元旦。
 よく晴れ渡った今日は、皆が正月を祝っている。一年の始まりを祝っている。
 年でもっともにぎやかなで静かな日が、のんびりと過ぎていく。