ジュースと水泳と…



「だんだん暑くなってきたでチュ」
 末っ子ピチューは、ツボツボからわけてもらった木の実ジュースを飲み、一息ついた。気温があがってきて、長くじめじめした梅雨をようやっと抜けたと思ったら、このカンカン照りだ。だが、これが夏というもの。
「でもこれが夏でチュ。あとで泳ぎに行くでチュ」
 ピチューはコップがわりに使っていた葉を捨て、歩きだす。その後ろには、ツボツボにジュースをわけてもらうポケモンたちがいた。
 さて、ピチューはのんびり歩いて、小川の方へ向かう。前方からウパーたちのはしゃぐ声が聞こえ、水の跳ねる音もする。暑いこの時期、川の水は適度な冷たさとなっており、水泳にはもってこいだ。
「まぜてほしいでチュー!」
 ピチューは大喜びで、見えてきた小川に向かって盛大にダイビングを決めた。小さい体に反比例して高く水柱があがり、しぶきが派手に飛び散った。ピチューがウパーやヌオーと遊んでいる間、傍の岸に、進化を控えて葉を大量に食い、丸々太ったケムッソの群れが水を飲みに来た。
「なー、そろそろお前も進化するだろ?」
「うん、あの木にひっついてるトランセルがバタフリーに進化するころには、進化できると思う。もういっぱい葉っぱを食べたしね」
「一番肥っちゃったもんな、お前」
「おいらの知ってるクルミルなんて、早く進化しないかって、飽きもしないでずっとあのトランセルを見つめてるんだよ。それよりクルマユに進化する方が早いと思うんだけどな」
「でもあのクルミルってちょっと小さいだろ。もっとたくさん葉っぱを食わないと進化できそうにないだろうね〜」
 やがてケムッソの群れは喉の渇きをうるおし、去っていった。
 ピチューはそんなことに構わないで、そのままウパーやヌオーと水を掛け合って遊んでいたが、そのうち体が冷えてきたので、体を温めようと水から上がる。
「寒くなったからそろそろあがるでチュ、またねー」
「ばいばーい」
「ばーいばーい」
 ウパーとヌオーは尻尾や手を振った。
 ピチューは、大きな葉っぱで体をぬぐって水気をふき取り、苔のむした岩の上に寝そべる。
「あー、気持ちいいでチュ」
 木陰のために太陽の光はあまり落ちてこないが、体が乾くには十分な温かさがあった。苔の布団に寝転がって、しばらくテッカニンがミンミンニンニン鳴くのを聞きながら、ピチューはうとうとし始めた。
「あ」
 しかしその眠りへのいざないは失敗する。
「おしっこ」
 木の実ジュースを飲み、しかも冷たい川で水遊びをしていたのだ。
 ピチューは起き上がった。
「と、トイレ……」
 ピチューは素早く周りを見回すが、それに適した場所はない。早く探そうと、急いで歩きだす。
「うう、どこか、どこか……」
 適した場所を探し歩くうち、とうとう我慢の限界が訪れる。
「も、もういいでチュ、ここでおしっこ――」
「ちょっと待ったああああ!」
 どこからか声が降ってきた。ピチューはびくっとしてきょろきょろ周りを見回す。
「とうっ!」
 勢いよく声が降ってきて、次はその声の主が樹上から飛び降りてきたではないか!
「ポケモン渓谷の平和を守る熱き心の戦士、ルチャブル参上!」
 翼を広げて四肢をしっかりのばしたポーズを決めたそのポケモン、何を隠そう、梅雨入り前に人間世界からやってきたルチャブルであった!
 正義感の強い熱血漢――なのはいいのだが、やることなすこと、大抵は空回りしてしまっている。人助けのつもりが、周囲への破壊活動に変わっていることもしばしば。
 さてルチャブルは、目をまん丸にしているピチューに言った。
「ピチュー少年よ、ここは公共の広場であり、トイレではないのだ。だからして――」
「そんなことは知ってるでチュ! だからして、トイレにつれてってほしいでチュ! 今、すっごく困ってるでチュ!」
「なるほど! 人助けならぬポケモン助けは正義の味方の基本中の基本。ではさっそく連れて行ってやろう!」
 言いながらルチャブルはピチューを素早く背負い、駆けだす。その俊足で木々の間を駆け抜けていく。しかしピチューとしては、遅すぎる。ケーシィやユンゲラーにテレポートを頼んだ方がよほど早いとすら思っていた。
「おしっこおお!」
「今連れてくからもらすなーっ! こらえろーっ!」
 声援だか励ましだかわからない言葉を投げながら、ルチャブルは電光石火のごとき勢いで、ハハコモリの群れの集落を通り過ぎていった。
 結果、
「いやあ、間に合ってよかったあ。正義は必ず勝つ!」
 ルチャブルはピチューを抱えながら安堵の息を吐いた。ピチューはというと、ルチャブルに抱えられたまま用を足した。幼子が母親に抱いてもらうのと同じやり方で。
「ひとりでおトイレできるでチュ」
 そのやり方で用を足したのはもっと幼いころだったので、内心ピチューは不満であった……。