春がきた
ポケモン渓谷の雪が溶けて、春風が木々をゆする。冬眠していたポケモンたちは目を覚まし、外へ出てくる。最初は寒い風が体をなでるが、徐々にその寒い風も太陽に照らされて温かくなってくる。
冬眠していたポケモンたちは、溶けた雪が流れ込む川のほとりに集まって、顔を洗っていた。新しい草が生えてきて、春の野草も少しずつ顔を出してくる。
「おはよー」
二度寝したライチュウは、川のほとりにいる皆に声をかける。皆振り返り、ライチュウに挨拶を返した。
「おはよー」
「おはよー、おそかったね」
「ちょっと寝坊したんじゃないの?」
ライチュウは川の水で顔を洗う。冷たい水が目を覚まさせた。ぶるっと体をふるって水気を払う。
「たぶんね、だから眠気さますよ」
ライチュウの身震いで辺りに水が飛び散る。ポケモンたちは、水の冷たさにきゃっと声を上げた。
そこへ、越冬から物識り博士のヨルノズクが帰ってきた。
「おお、皆、元気そうじゃのお」
「あっ、物識り博士だあ。お帰りなさい!」
ポケモンたちは、芽吹いているサクラの木に留まったヨルノズクを見る。ヨルノズクは年老いているが、今も元気である。毎年、体を鍛えるためだといって冬には南へ行ってしまうのだから。
他にも、ヨルノズクと共に南へ行っていた鳥ポケモンたちや、川を北上して寝床についていた水ポケモンたちが戻ってきた。水は冷たいが、これから少しずつ温度が上がるだろう。
「やあ、おはよう!」
ミュウが、子ミュウを連れて、テレポートで姿を現した。ミュウに連れられている子ミュウは、おきたばかりなのか、まだ眠そうな顔をしている。それでも、寝ぼけた声でおはようと挨拶した。
やや遅れて、空の空間が一部歪んで、その中からアンノーンが落ちてくる。寝ぼけて空間を渡りかけたのだろう。落ちる途中で目を覚まし、体勢を立て直した。
『ヤア、オハヨー』
ポケモン渓谷に住むポケモンたちは、ほとんど目を覚まし、近い川のほとりへ、顔を洗いにやってくる。だが、冬眠しているポケモンの中には、目覚めの遅いポケモンもいる。そのポケモンを起こしに行くこともある。
ライチュウは、ヒメグマの眠っている小さな洞窟の中にやってきた。
「おーい、春がきたよー」
苔の中で眠っているヒメグマは、最初体をもぞもぞ動かしただけだが、ライチュウが執拗に言葉をかけると、やっと目を開けた。
「ふあー……。もっと寝かして……」
「駄目駄目、もう朝だよ。おきなくちゃ駄目だよ、春なんだよ」
ライチュウはヒメグマを揺する。ヒメグマはもぐもぐと口の中で文句を言ったが、やっと起きた。
ライチュウがヒメグマをつれてくると、近くの木にネイティが何羽か留まる。
「ハルダヨ、ハルダヨ」
「カゼ、ツメタイヨ。デモ、ハルナンダヨ」
「キット、アッタカクナルヨ。キット、アッタカクナルヨ」
ネイティの考えていることはどうもよくわからないが、春が来たことを祝っているのだろう。
「ハルダヨ、ハルダヨ、オキタヨ、オキタヨ」
「カゼ、ツメタイヨ。カゼ、ツメタイヨ」
ネイティの群れのいる木の側を通り過ぎ、川のそばへ行く。他のポケモンたちが、話をしているところだった。
「あっ、ヒメグマだー、おはよー」
「おひゃよー……」
寝ぼけ眼で、ヒメグマは寝ぼけ声で挨拶する。まだ眠りたかったようだ。しかし、他のポケモンたちは既に顔を洗って目を覚ましている。
皆がそろったところで、ミュウとアンノーンによるサイコキネシス・ショーが開かれた。川の水がいろいろな形を成し、空を舞い、木々をぬらす。ポケモンたちは拍手喝采して、ショーに見入った。春一番のショーは冷たい水で行われたが、それがやがて、桜の花びらを使ったお花見ショーに代わるのである。
水が空を彩り、太陽の光を受けて虹が出現する。いくつもの虹が川の上に出現した。ポケモンたちは虹を見て、きれいだーと口々に声を上げた。
春風が吹いてきた。
川原からはポケモンたちの笑い声が聞こえてくる。
木々が芽吹いて、草は少しずつ芽を伸ばす。そしてもう少し経てば、桜が満開になる。
ポケモン渓谷に春が訪れた。